最新の事例や理論が求められるなか、時代を超えて読みつがれる理論がある。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の過去の論文には、そのように評価される作品が無数に存在します。ここでは、著名経営者や識者に、おすすめのDHBRの過去論文を紹介していただきます。第4回は、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授の藤川佳則氏により、企業がこれからの価値づくりを考えるうえで役に立つ論文が紹介されます。(構成/新田匡央、写真/木村文平)

価値創造を変える3つの現象
TechCrunchのエディター、トム・グッドウィンが2015年につぶやいた言葉を、ご存じでしょうか。
「ウーバーは世界最大のタクシー会社だが、ウーバーそのものは1台も車両を保有していない。フェイスブックは世界最大のコンテンツメーカーだが、フェイスブックそのものでは1つのコンテンツもつくっていない。アリババは世界最大の小売業だが、アリババそのものは1個も在庫を保有していない。エアビーアンドビーは世界最大の宿泊サービス提供者だが、エアビーアンドビーそのものは1つも不動産を所有していない」
この発言のポイントは、組織の中に経営資源を持たざる企業が価値をつくり出しているという点です。これらの企業は、組織内部にある経営資源を組み合わせることで、価値を生み出しているわけではありません。では、価値をつくっているのはだれか、あるいは何か。それは、組織内外のさまざまな人たちが持つ広い意味での資源、すなわち、時間や遊休資産、彼らの持つ能力や知見などです。
これまでの価値づくりは、マイケル・ポーターの「価値連鎖」(Value Chain)に代表される視点に基づいて理解されてきました(「[新訳]戦略の本質」DHBR2011年6月号参照)。すなわち、組織の内部に「ヒト・モノ・カネ」といった経営資源を有する企業が、さまざまな活動を組み合わせることで製品やサービスをつくり込む。そして、その性能や機能、特性などに価値を認めた顧客が対価を支払うことで、利益が実現する。それが価値連鎖の終点であり、そこから先は新たに価値がつくられることはない、という考え方です。
また価値連鎖は、価値をつくるのは企業だという前提に基づいています。しかし、冒頭で述べたように、いまや企業だけでなく顧客が価値づくりに参画する時代が訪れました。これはすなわち、価値創造のロジックが根底から変わりつつあることを意味しています。たとえば、「価値付加型から価値創造型企業への変革」(DHBR1993年10月号)や、「ポスト製造業経済では価値連鎖は時代遅れか?」(DHBR1994年1月号)など、こうした変化に関する議論は以前から見られますが、近年はデジタル技術の進展によってさらに進展しているように思います。
では、こうした価値づくりの変遷の背後では何が起きているのでしょうか。地球規模で、数十年来にわたって起きつつある変化を、ここでは、3つのキーワードを通じて捉えてみたいと思います。
1つ目は、世界経済の中心が製造業からサービス業へと移行しつつある「SHIFT(シフト)」です。ある国の経済の成熟度が高まれば高まるほど、その国で行われる経済活動に占めるサービス業の割合が増えていきます。これは「ペティ=クラークの法則」と呼ばれ、人類史上、ただの1国も例外がありません。経済のサービス化は世界全体の潮流であり、これを指して「シフト」と呼びます。
2つ目は、「業界」の垣根が溶けてなくなり、「業種」の定義が曖昧になる「MELT(メルト)」です。これは「シフト」と深い関係があります。皆さんは、「アップルは何業でしょうか?」と聞かれたとき、どうお答えになるでしょうか。同社はiPhoneを販売していますが、iTunesというプラットフォームも運営し、App Storeという実店舗も展開しています。もはや、「アップルは○○業である」と断定することは困難です。こうした現象は、グーグル「グラス」(ウェアラブルコンピュータ)、アマゾン「エコー」(スマートスピーカー)、日産「リーフ」(電気自動車)などさまざまな企業や事業で見られ、「シフト」が進むに連れて業種や業界の垣根が溶け始めているのです。
そして3つ目が、経済活動の中心が北半球から南半球へと傾いていく「TILT(ティルト)」です。ラム・チャランは『Global Tilt(これからの経営は「南」から学べ)』の中で、地球はフラットでもなくデコボコでもなく傾きつつあると述べ、お金の動きもビジネスの動きも人の動きも、北緯31度から北側の北半球が中心ではなく、南半球が中心になっていると主張しました。
実際、2022年には、世界の中間層が貧困層を上回ると言われています。そして、そのほとんどが、北緯31度から南側で生まれて育ちつつある人たちです。2030年には世界人口70億人のうちの50億人が中間層になるとも予想されます。にもかかわらず、これからの世界でビジネスを展開していこうという人たちのほとんどが、北緯31度から北に本社を置き、そこで集まっては議論をし、これからもそこに主要な市場があることを前提として未来を描いている。チャランは、こうした現状に警鐘を鳴らしました。
どこで価値づくりを行なうのか。だれが価値をつくる担い手になるか。「シフト」と「メルト」を踏まえたうえで、「ティルト」が進行している現実も認識する必要があります。
これら3つの現象は、地球規模で数十年にわたり起こり続けているメガトレンドであると同時に、近年はデジタル技術の進展によってさらに加速化しています。そうしたなか、私たちが価値づくりを考えるときにかけている「LENS(レンズ)」が従来のままでは、こうした大きな変化がもたらす機会や課題をうまく捉えることが難しくなりつつあります。新しいレンズに掛け替える重要性が高まってきているのです。
サービス・マネジメントの発展
では、私たちはいま、どのようなレンズで価値づくりを捉えるべきなのでしょうか。サービス・マネジメントの変遷をひも解きながら、それを考えてみたいと思います。
サービス・マネジメントの初期の議論では、「同時性」(生産と消費が同時に起こる)、「消滅性」(蓄えておくことができない)、「無形性」(見えない、触れない)、「変動性」(だれが、だれに、いつ、どこで提供するかに左右される)という、モノに対するサービスの特性に焦点が当てられました。サービスにはモノにはない固有の特性があり、その特性がもたらす経営課題がある、したがって、その課題を乗り越えるための経営論理を明らかにする必要がある、という議論です。
サービスにはそうした固有の特性があるという前提に立つと、オペレーション・マネジメント(Operation Management:OM)も、マーケティグ・マネジメント(Marketing Management:MM)も、人的資源管理(Human Resources Management:HRM)のすべてについて、それぞれを切り離して独立して進めるのではなく、顧客を巻き込みながら、いかに統合するかが重要となります。そして、そのためのフレームワークとして提示されたのが、ジェームズ L. ヘスケットらによる「サービス・プロフィット・チェーン」です。
サービス・プロフィット・チェーンの要諦は、図1の右側にあるように、顧客満足を起点とするサイクルのマネジメントをロイヤルティ・マーケティングやリレーションシップ・マーケティングを通じて進めながら、同じ現場と同じ時間軸の中で、図の真ん中のサービス・コンセプトを実現するために必要となる、左側の従業員満足を起点とするサイクルを確実にマネジメントすることにあります(「サービス・プロフィット・チェーンの実践法」DHBR1994年7月号参照)。
図1:サービス・プロフィット・チェーン
しかし、そもそも、モノとサービスは本質的に異なるものなのでしょうか。特に、価値づくりの視点から考えてみると、どうでしょうか。
現実世界において、両者は当たり前のように競合することがあります。あるモノが別のモノによって代替されたり、あるサービスが別のサービスに代替されたりするだけでなく、サービスがモノによって代替されることもあれば、モノがサービスによって代替されることもあります。たとえば、スターバックスというサービスのビジネスと、ネスレの「ネスプレッソ」というモノのビジネスは競合する。「ネスプレッソ」を買うと、スターバックスでエスプレッソを飲む回数は減るでしょう。
モノとサービスはときに支え合うこともあります。たとえば、自動車というモノの普及は、燃料補給や保険商品など民間サービスの発展や、高速道路や道路標識などの公共サービスの整備と補完関係にあります。モノとサービスは互いに補い合う関係にあり、また、モノの発展がサービスの発展を促進したり、サービスの発展がモノの発展に寄与したりします。
前述したように、モノとサービスは融合し、区別することも難しくなっています。たとえば、アップルのiPodとiTunes、iPhoneとiPhoneアプリなどは、モノでもありサービスでもあります。モノかサービスか、製造業かサービス業か、と分けようとすること自体、あまり意味をなさなくなっているのです。
モノとサービスの区別は、統計上や学術上の目的のために、人為的、便宜的に行われるのであり、現実経済においてモノとサービスが区別され、互いに独立して存在しているわけではありません。モノとサービスは、さまざまに関連し合い、相互に密接に絡み合っています。にもかかわらず、モノとサービスは異なるという前提で価値づくりの議論を始めてしまうと、モノの経営論理とサービスの経営論理はいつまでたっても平行線をたどってしまいます。
そうして2000年代の半ばを迎える頃、モノとサービスを分けて経済活動を捉えようとしてきた従来の基本的な前提を見直し、モノとサービスを分けずに経営論理を組み立て直そうという大きな動きが生まれることになります。
2004年、スティーブン・バーゴ(Stephen L. Vargo)とロバート・ルッシュ(Robert F. Lusch)による “Evolving to a New Dominant Logic for Marketing”(マーケティングの新しい支配的論理に向けて)という論文が発表されました。この論文を端緒として、それまでのようにモノを経済活動の基本単位とする「グッズ・ドミナント・ロジック」(G-Dロジック)から、すべての経済活動をサービスとしてとらえる「サービス・ドミナント・ロジック」(S-Dロジック)への転換に関する議論が巻き起こります。
3つのLENSで価値づくりの変化を捉える
LENS1:企業が一方的に価値をつくり込む「価値生産」(G-Dロジック)
G-Dロジックの場合、世の中には「モノ」と「モノ以外の何か(=サービス)」があるという前提を置きます。モノが先に定義され、残った余りがサービスだという捉え方ともいえます。たとえば、産業分類上、第一次産業(農林水産業)や第二次産業(鉱工業)には明確な定義があるのに対して、第三次産業に明確な定義がない(第一次産業、第二次産業以外の産業すべて)、といったことはその典型例です。
さらにG-Dロジックでは、冒頭で述べたように、価値をつくる主体は企業である、との前提を置きます。企業は製品やサービスに価値をつくり込み、顧客に手渡す時点で1円でも多くの価値を認めてもらうことを目指す。そして顧客は、企業がつくった製品やサービスに対して、その対価を支払い、消費する主体であると考えます。この世界観に立つと、顧客の手に製品やサービスが渡る瞬間に発生する価値、すなわち「交換価値」(Value in Exchange)を最大化することが経営活動のゴールになります。G-Dロジックとは、企業による価値生産と顧客による価値消費が分業される世界観ともいえるでしょう。
LENS2:企業と顧客がともに価値をつくり出す「価値共創」(S-Dロジック)
S-Dロジックは、世の中で行われる経済活動をすべてサービスとして捉え、「モノを伴うサービス」と「モノを伴わないサービス」がある、とする世界観です。モノの特殊形としてサービスをとらえるのではなく、サービスの一形態としてモノを捉える見方ともいえます。S-Dロジックにおけるサービスの定義は広く、「他者あるいは自身の便益のために、行動やプロセス、パフォーマンスを通じて、みずからの能力(知識やスキル)を活用すること」(Vargo and Lusch 2004)とされます。
そこでは顧客が製品やサービスを使う過程で、企業の活動と顧客の行動がともに価値を生む前提を置きます。企業のみでは価値の最大化を実現できず、顧客と価値を共創する世界観に立ちます。経営活動のゴールは交換価値の最大化に留まらず、その後の「使用価値」(Value in Use)や、共創の現場で顧客が個別に認知する「文脈価値」(Value in Exchange)を最大化することです。
図2:価値生産から価値共創へ
企業も顧客もさまざまに利用可能な資源を持つアクターとし、彼らが参加する価値共創プロセスを、複数のアクターが互いにつながり、各自が持てる資源を再構成し、価値を創造する過程と捉えます。図3はその様子を図示したもので、「価値星座」(Value Constellation)と称されます。
図3:価値連鎖から価値星座へ
ポーターの価値連鎖では、上流の供給業者から中間業者へ(B2B)、そして下流の最終消費者に至るまで(B2C)、徐々に交換価値が追加されていく過程を連鎖として表します。これに対して価値星座では、企業と顧客を区別せず、複数のアクター間でさまざまな資源が組み合わされ、使用価値や文脈価値が生み出される価値共創の論理を理解しようとします。
価値づくりを捉えるときに掛けるレンズを、「LENS1」から「LENS2」にかえてみると、近年進展しつつある2つの潮流の背後にある論理もよく見えるようになります。その1つが、製造業のサービス化です(「製造業のサービス事業戦略」DHBR2000年12月号参照)。その流れは、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)によって、さらに加速しつつあります(「IoT時代の競争戦略」DHBR2015年4月号参照)。
たとえばゼネラル・エレクトリック(GE)を見ると、ジャック・ウェルチがCEOを務めていた時代に、同社はサービス化を進めました。ただ、当時は、遠隔から機器をモニタリングすることで故障をすぐに察知し、いち早く修理サービスを提供するなど、どちらかというとリアクティブなサービス提供でした。これに対して、ジェフ・イメルトが牽引したインダストリアル・インターネットは、問題が起こってからサービスを提供するのではなく、顧客が機器を使用するなかで、あるいは使用する前にさまざまなアドバイスを提供し、顧客とのやり取りを通じて価値をつくり出す、よりプロアクティブなスタイルにシフトしました。
同社は、無数のセンサーを装着したジェットエンジンが現実世界において使用される状況をモニタリングする一方、そのエンジンを模した「デジタルツイン」(デジタル上の双子)と呼ばれる仮想モデルの分析を続けています。中東やアフリカの砂漠地帯を飛行するエアラインに対し、デジタルツインの動きを見ることで砂塵による負担が最も少ない運行航路や整備方法を提案することができます。それは安全性の向上とともに費用の削減に直結し、航空会社の利益率に貢献することにつながります。このサービスは、顧客と常時つながることで、使用価値や文脈価値を最大化するモデルの典型例といえます(「GEが目指すインダストリアル・インターネット」DHBR2015年4月号参照)。
最近はまた、逆のことも起き始めています。それがもう1つの潮流である、サービス業のモノ化と呼ばれる現象です。その目的は、モノの販売そのものに留まらず、モノを扱うことで、これまで提供できなかったサービスを提供することにあります。すなわち、モノというハードウェアを扱うことを通して、新たなサービスイノベーションを追求するという発想です。
たとえば、2014年に発表され、間もなく市販される予定のグーグル「スマートコンタクトレンズ」は、コンタクトレンズに無線チップと血糖測定センサーが装着され、Wi-Fiでつながっています。これを目に装着すると、涙の中に占める糖の成分を遠隔でモニタリングすることができます。糖尿病患者の場合、糖の値が一定値以上になったり、あるいは一定値以下になったりすると、その情報がかかりつけ病院の医師と共有され、これまでと比較にならないスピードで必要な処置が施されるようになるといわれています。
グーグルは、製薬メーカーのノバルティス傘下のアルコンと共同でこのコンタクトレンズの開発を進めています。グーグルの目的は、コンタクトレンズの販売で利益を上げるというよりも、それを通じた医療サービスの提供にあると思われます。コンタクトレンズというモノを介して、新しいサービス領域の開拓を目指しているわけです。
LENS3:価値共創の相手が複数となる「マルチサイド・プラットフォーム」
さらにいま、3つ目のLENSとして、価値共創の相手を複数にし、価値創造と価値獲得の選択肢を複数にする「マルチサイド・プラットフォーム」という考え方が広がりを見せています(「あなたの会社の『グーグル戦略』を考える」DHBR2009年8月号参照。要約版は「マルチサイド・プラットフォーム」DHBR2010年8月号)。
アンドレイ・ハジウはこれを、「タイプの異なる顧客同士をつなぐ製品、サービス、技術である」と定義しました。そのうえで、2つの異なる顧客サイドをまきこむ「2サイド型」と、複数の異なる顧客サイドをまきこむ「マルチサイド型」があるといいます。
マルチサイド・プラットフォームは、フェイスブック、ウーバー、エアビーアンドビーなどデジタル分野の先進企業のモデルだと思われがちですが、レンズをかけかえることで、どんな企業にもプラットフォーマーになるチャンスが訪れます。
たとえば、ベスターガード・フランドセンが開発した「ライフストロー」は、マルチサイド・プラットフォームの好事例です(「価値創造をキャッシュに変える5つの方法」DHBR2015年6月号参照)。
ライフストローとは、筒状のポータブル浄水器です。筒の中にはフィルターが詰まっていて、片方を汚い水に差して、もう片方からそれを吸うと、水が口元に到達するまでに99.999%のバクテリアと有害物質が除去されます。その価格は、日本円にしておよそ3000円程度です。
たとえば、この事業を率いている人が、「LENS1」をかけていたらどうでしょうか。この商品の機能や性能に対して1本約3000円の価値を認めて、その対価を支払ってくれそうな顧客を探す必要があります。そのためにマーケットリサーチを行い、セグメンテーションをし、ターゲティングをして、商品をいかに多く販売するかというビジネスの成立を目指すでしょう。
実際、キャンプや登山などアウトドアを趣味とする人や、地方公共団体や企業などの災害対策本部は彼らの顧客です。しかし、いずれも非日常での利用に留まるので、限定的な用途のために追加的なプレミアム費用をかけるラグジュアリー商品、ニッチ商品にしかなりえません。日本など先進国の場合は特に、水道水も清潔で、ミネラルウォーターはどこでも売っているので、ライフストローを必要とする顧客は限られてしまいます。
一方、世界に目を向けると、きれいな水にアクセスすることができない約10億人の人たちが、この商品の潜在顧客として存在しています。彼らの日常に届けることができれば、このビジネスはニッチではなく、スケール化する可能性があります。しかし、この潜在顧客の多くは発展途上国に住む人たちで、その対価を直接支払うだけの経済的余裕がありません。この時点で「LENS1」をかけていると、この時点で、これは事業化することは困難だと諦めてしまうかもしれません。
しかし、ベスターガード・フランドセンは、価値づくりのレンズを「LENS2」や「LENS3」にかけかえ、ライフストローによる価値創造と価値獲得を再考しました。同社はまず、ケニアの一般家庭約80万世帯の400万人を対象に、数年間、ライフストローを無償で配布しました。その結果、ケニアの一部の地域の人はいま、日常生活の中でライフストローを使えるようになっています。
それによって何が起きたのでしょうか。ケニアの人たちはこれまで、近所の川や池や水たまりで汚い水をくみ、村にある木を切って燃やし、水を煮沸消毒することで飲料水としていました。しかし、ライフストローがあれば、この一連の作業は必要ありません。木を切ることも、燃やすこともない。ライフストローの普及により、膨大な二酸化炭素排出量の削減に貢献しました。
ベスターガード・フランドセンは、このストーリーを国連関連機関や非政府組織に持ち込みました。それは、カーボンオフセットの認証をもらうためです。世界中の企業が二酸化炭素排出削減に取り組んでいますが、排出量をゼロにすることはできません。そのため、その差分をカーボンクレジットの購入により埋め合わせをしていまます。カーボンクレジットはコモディティなので、どこから買っても変わりはないはずです。しかし、企業側には、世界の貧困問題の解決に貢献していることをアピールしたいので、ライフストローのカーボンクレジットを購入する動議が生まれます。こうしてベスターガード・フランドセンは、収益を実現することに成功しました。
これはまさに、マルチサイド・プラットフォームといえるでしょう。ベスターガード・フランドセンは、ケニアの人たちとともに価値を創造し、国際機関とも価値創造し、一般企業とも価値創造しています。複数の顧客と複数の種類を共創し、価値獲得の選択肢も複数に拡大したうえで、それらを組み合わせることによって事業のスケール化に成功したのです。
このライフストローの事例が示すように、一見したところ、デジタル技術やインターネットに直接関連のなさそうな業態や事業においても、レンズをかけかえることで、これまでにない「価値づくり」のチャンスが訪れます。自社のビジネスを再定義することで、まったく新しい世界が見えてくる可能性もあります。
図4:価値創造と価値獲得を捉える3つのLENS
以上、ここまでの議論は、ここ数年で急に起こったわけではありません。実際、ここで紹介した『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の論文には、10年前、さらには20年以上前のものもあります。それは、いま発表されている論文の内容が、10年後、20年後に当たり前になっている可能性も、十分に考えられるということです。将来の価値創造の最大化に資するよう備えるうえでも、DHBRを読むことに意味はあるといえるのではないでしょうか。