性別移行に関する制度を柔軟なものにする

 社員の性別移行に関する政府の制度は、本来必要のない期限や工程表に押しつける結果を招く場合がある。

 たとえば、人事部門が3段階のプランを定めていて、まずマネジャーにカミングアウトし、次にマネジャーの支援の下でチームのメンバーにカミングアウトし、最後に会社全体に向けて公式にカミングアウトするといった手順が決められている場合もあるだろう。こうした工程表に従うと、性別移行を遂げようとする社員は、それぞれの段階でカミングアウトしている場でしか、みずからの性自認に沿ったトイレを使えなかったりする。

 工程表を定めるという発想の背景には、職場における性別移行を1回で完結し、始まりと終わりがはっきりしていて、後退することのない直線的なプロセスと見なす考え方があると言えそうだ。現実には、性別移行のプロセスは継続的に進むもので、とらえどころがなく、前もって予測することが難しい。

 性別移行を計画に従って整然と進めるよう求めれば、企業は安心感を得られるかもしれないが、トランスジェンダーの社員は強いストレスを感じる。当人たちは、自分の性別移行がどのように進むか予測できる場合ばかりではないからだ。

 性別移行に関する制度をもっとインクルージョン志向なものにするには、すべての人に対して画一的な性別移行のプロセスを押しつけるのではなく、希望する社員すべてが性別移行関連のリソースに無条件でアクセスできるようにすべきだ。具体的には、トランスジェンダー向けの医療給付、トランスジェンダーのインクルージョンに関するベストプラクティス、人事部門に申請できる支援の選択肢などに関する情報を提供する必要がある。

 トランスジェンダー、ノンバイナリー、ジェンダー・ノンコンフォーミング、そして既存の固定観念に疑問を発する人たちが主体性を取り戻せるようにすることにより、職場でそのような人たちの受け入れが大きく進み、官僚主義的な障害が減る。そして、既存の制度に居心地悪さを感じる人たちが、リソースや支援を得やすくできる。

 筆者らの調査によれば、性別移行に関する制度を設けても、差別がなくなるわけではない。トランスジェンダーの人たちは、性別移行を遂げようとする時、その制度を用いない場合も多い。そうした制度で細かく定められている通りのことを行う資金や意欲がないことが理由だ。

 加えて、そのような制度は、トランスジェンダーの「正しい」あり方があるという認識を強めてしまう。ジェンダーに関する固定観念によって規定されたくないと考える人たちの存在は、まったく考慮されない。

 アレックスは、トランス女性。人称代名詞は「she/her。性別移行を行うことを考え始めたのは、ある多国籍テクノロジー企業で幹部を務めていた時のことだった。

 会社で用意されていた性別移行の制度を利用する前に、様子を見るために、まず髪と爪を伸ばしてみた。最初は、そのような外見を気軽なジョークのネタにされた。しかし次第に、精神の健康を本気で心配されるようになった。

 このように不本意な注目を浴びたこと、そして社内で別のトランス女性がカミングアウトの後で差別に遭ったことを受けて、この会社にとどまって性別移行を行うのではなく、退職することを選択した。

 ロビンは、トランス女性。人称代名詞は「she/her」を望む。性別移行を行った時、女性の外見と行動に関する労働組合の固定観念と衝突した。

 性別移行を遂げる必要性を周囲に理解させるために、「女性らしさ」のパロディのような行動を取った。ばっちりメークをして、手足の動かし方を小さくし、あまり自己主張しないようにしたのだ。こうすることにより、自分の性自認をわからせようとしたのである。すると頼んでもいないのに、シスジェンダーの女性たちがたびたび、「本物」の女性らしい振る舞い方を指南しようとしたという。

 企業がインクルージョンを高めるための方針をつくり、それを実践に移すためには、単に善意で行動するだけでは十分でない。あらゆる性自認と性別表現の社員を実際に支援するには、リーダーがアプローチを変えなくてはならない。制度の柔軟性とプライバシーと制度へのアクセスのバランスを取ることが重要なのだ。


HBR.org原文:Transgender, Gender-Fluid, Nonbinary, and Gender-Nonconforming Employees Deserve Better Policies, November 20, 2020.