トヨタ自動車をめぐる合従連衡
今号の特集では、前述の通り、技術革新などで変化が激しく、競争戦略と協調戦略を統合したコーペティション経営が重要となる市場(通信市場と自動車市場)で、日々奮闘する経営者お二人にご登場を頂きました。
特に日本の自動車市場は、戦後直後から群雄割拠、苛烈な競争にあり、中堅企業は合従連衡を繰り返してきました。
古代中国の春秋戦国時代になぞらえれば、スバルは、今月号のp66に掲載しました年表の通り、一方ではいすゞ自動車やスズキと合従して大手に対抗し、他方では大手の日産自動車やゼネラルモーターズと連衡してきました。同様にマツダも、生き残りを賭け、提携戦略を駆使してきました。
スバルとマツダは、商品戦略も似ていて、規模の経済を効かせてコストリーダーシップ戦略をとる大手に対して、技術力に基づく差別化戦略で抗してきました。
スバルは水平対向エンジンやAWDなどで、マツダはロータリーエンジンやスカイアクティブ・テクノロジーなどで、機能的価値を提供して、固有ファンを惹きつけます。
顧客の情動に訴求する情緒的価値の創造においても、両社は独自色を出しています。マツダはデザイン性が際立つのに対して、スバルは社会的価値の高い安全性をアピールしています。
スバルのマーケティング戦略は、前号DHBR4月号の論文『カルチュラル・イノベーション:機能ではなく物語で価値を提供する』に登場する、フォードのエクスプローラーの戦略(家族の送迎に便利という機能的価値に、「親としてだけでなく個としての人生も楽しむ」という情緒的価値を付加して競合商品に差別化)に通じる面があります。
こうした既存の戦略に加えて、スバルもマツダも、そしてスズキやいすゞも、100年に1度の大変革に備えて必要だと感じたのが、トヨタ自動車との連衡策なのでしょう。
一方、トヨタにとっては、EV(電気自動車)に関連する開発費等の軽減などのため、テスラやアップルカーを含む強力な外国企業に対する合従策と言えるかもしれません。日本の自動車メーカーが、アップルカーなどの車体造りに組み込まれないように囲い込んでおくという思惑も推測されます。
また、HEV(ハイブリッド車)やFCV(燃料電池車)では、規格やインフラ設備において協調する自動車会社やエネルギー会社は、コーペティション理論における「補完的生産者」となります。
今号の中村知美スバル社長へのインタビューでは、提携相手のトヨタへの気遣いと同時に、自社社員の士気に対する影響を考えての発言が多いと感じました。コーペティション経営において経営者が考慮すべき"相手"は、提携企業だけでなく、自社の社員も対象になるのです。
一連の提携において強者の立場にあるトヨタの他社に対する気遣いは、DHBR2019年2月号に掲載した『トヨタは、生き残りを賭けて、協調し、競争する』での寺師茂樹副社長(当時)へのインタビューをご参照ください。
マツダと提携した際の経緯が語られていますが、そこにはマツダの技術力に対するリスペクトがあります。
さらには、トヨタにとって将来強力な競争相手になる可能性があるものの、現状では補完的生産者である中国企業との関係についても、絶妙な言い回しで、その技術発展プロセスの合理性を評価し、HEVやFCVでの協調を促しています。
今号を編集している最中の3月24日、トヨタ、いすゞ自動車、日野自動車3社による提携が発表されました。EVやFCVの開発、物流効率化など、脱炭素社会に向けた対応を軸に提携するとのことです。日野は、トヨタの連結子会社ですが、いすゞとはトラックなどの商用車で激しく競争しています。気候変動対応という共通の難題に対しては共同戦線を張るということでしょう。
4月5日には、トヨタとスバルは、共同開発したスポーツ車を発表しました。トヨタは初代「86(ハチロク)」をモデルチェンジして新型「GR86」として秋頃に、スバルは新型「SUBARU BRZ」として夏に、それぞれ発売する予定です。86とBRZは兄弟車で、2012年に発売して以来9年ぶりのモデルチェンジ。基本構造を共通化した上で、それぞれの個性を引き伸ばす異なる走りの味を持たせることに注力したと謳っています。2019年9月に合意した新たな業務資本提携の取り組みにおける具体例です。
日本の自動車産業は、概算の出荷額と雇用者数において、自動車本体や部品等製造で60兆円と86万人、関連製造を含めると79兆円と142万人、ディーラーやガソリンスタンドの関連産業を含めると165兆円と549万人。まさに日本の基幹産業です(数値は2015年、経済産業省作成資料から)。
さらなる技術革新に加えて、競争や協調の面でも戦略が奏功し、日本企業の競争優位が維持・向上されることを願います(編集長・大坪亮)。