中国はどうやってキャッチアップしたのか

 中国はどのようにして、わずか20年の間に、自国より前からAI関連テクノロジーに取り組んできた国々を一挙に追い抜き、世界屈指のAI研究インフラを構築できたのか。

 この点を理解するうえで有用なのが、キャッチアップ・サイクルの考え方だ。キャッチアップ・サイクルの理論によれば、ある種の環境では、テクノロジー、市場、政策が変化すると、先頭を走る国と後発国がおおむね対等な条件で競争できるようになるとされる。テクノロジー、市場、政策が変化する結果、既存勢力の強みが一挙に消失し、新興勢力にチャンスが生まれる場合があるのだ。

 たとえば、アンドロイド・スマートフォンの登場というテクノロジーの変化も、そのような効果をもたらした。この変化に伴い、それまで携帯電話市場の先発者であるノキアの強みが消失し、サムスンやファーウェイのような動きの速い企業が取って代わることが可能になった。

 また、キャッチアップ・サイクルのフレームワークは、どのような時に、どのようにして、新興勢力が既存勢力に取って代わるのかを知る手掛かりにもなる。

 このフレームワークに基づいて、AI分野での中国のキャッチアップ(追いつき)について考えると、いくつかの重要な点が浮かび上がってくる。

 第1は、AI研究の特性により、世界の先頭に立つ国の技術上の優位がそれほど強力なものではないということ。第2は、中国の巨大な国内市場がAIの進歩に有利に働くこと。そして第3は、中国政府がAI研究に好意的な規制環境を築いていることにより、AIへの投資と導入が後押しされていることである。

 ●AI分野では、研究が長期にわたる強みをもたらさない

 AIは他のテクノロジー分野と大きく異なる点がいくつかある。まず、研究によってこの分野全体が前進することは確かだが、研究成果はたいてい公開されて共有される。そのため研究成果に基づいて特許を取得しても、他の分野ほど大きな意味はない。

 AI関連テクノロジーの改善は、ユーザーがデータを生成し、企業がそのデータから学習して商品に磨きを掛け、その商品を使用したユーザーがまたデータを生み出し……という好循環を通じて実現することが多い。

 コンピュータのハードウェアや新薬の開発と異なり、AIはオープンサイエンスという性格を持つ。AI分野では、重要なアルゴリズムの多くは公開されていて、公刊されている論文や学会のプロシーディングス(抄録集)で読むことができる。

「誰もが研究成果を発表することに誇りを感じているのです」と、AIアルゴリズムとAIチップを専門とする新興企業NISEインテリジェント・テクノロジーのマネジャーは言う。「この分野では一般的に、論文が発表されれば、他の研究者がコードを突きとめて、それを実際に用いることはそう難しくありません」

 AIがオープンサイエンスであることは、先発者に追いつきたい後発者にとって大きな意味を持つ。後発者は比較的短い期間で、先発者との知識の差を埋められるからだ。

 もう一つ、AIが既存の業種と異なるのは、イノベーションがどのようにして利益を生むのかという点だ。端的に言えば、AI分野では特許よりもデータと人材が物を言う。

 製薬やモバイル通信などの分野の場合、企業の地位を守り、利益の流れを確保するうえで、特許が極めて重要な意味を持つ。一方、オープンサイエンスであるAI分野で企業の競争力を左右するのは、ライバルよりも早く大規模なデータベースを構築し、ドメイン固有の知識とアプリケーションを持てるかどうかだ。

 したがって、AI分野でとりわけ重要なのはデータ、そしてコンピュータ科学とエンジニアリングの人材ということになる。その点、中国にはこの両方の資源がふんだんにある。人口が多いため、ビッグデータの生成と活用で有利な立場にあるし、何十年もの間、テクノロジーとエンジニアリングの振興に努めてきたことで、優秀なコンピュータ科学者とエンジニアが豊富にいる。

 加えて、現在の「弱いAI」(限定された問題解決を行うAI)を改善するのに必要なのは、ドメイン固有の知識とユーザーの生成するデータだ。たとえば、具体的なビジネス上のシナリオに合わせてAIをカスタマイズしなくてはならないケースも多い。

 まず、音声認識システムなどの商品をつくる。その後、多くのユーザーに利用してもらい、ユーザーが生成するデータを集める。そして機械学習により、そうしたデータを使って商品を改善していく。改善は、このような好循環を通じて実現するのだ。

 中国には、AIに基づく新しい商品を積極的に受け入れる市場がある。中国企業は、AI関連の商品を市場に投入するスピードが比較的早く、中国の消費者も、そのような商品を素早く採用する。このような環境があるおかげで、中国ではAI関連テクノロジーとAIに基づく商品の改善が早く進むのだ。