●中国の市場ではAIの採用と改善が進みやすい

 AIのイノベーションで大量のデータを持つことの意味が大きいことを考えると、中国が急速なキャッチアップを成し遂げるうえで、巨大な国内市場が強みになったことは想像に難くない。中国企業は、他国の企業とは比較にならないほど、大規模なデータを収集する機会に恵まれているのだ。

 中国版ウーバーとも言うべき存在の滴滴出行(ディディチューシン)は、いまでは世界最大の配車サービス企業だ。同社の柳青(ジーン・リウ)社長によれば、同社が1日に処理するデータの量は70テラバイト以上。1日に計画される走行ルートは90億通り。配車リクエストの数は、1秒当たり1000件に上る。

 中国の巨大な市場は、ビッグデータでの強みをもたらすだけではない。企業が技術的な課題に取り組む強力な経済的インセンティブも生み出す。たとえば、チップセットは中国の情報通信産業にとって長年の弱点だったが、最近の中国企業は大きな進歩を遂げ、これまでの遅れを取り戻しつつある。

 世界屈指の情報通信企業である中国企業ZTEのある幹部は、筆者らにこう語った。「中国企業は比較的早いペースでAIチップの開発を進めています。(中略)マーケットさえあれば、企業は意欲を持つものなのです」

 中国の巨大な市場は、情報通信産業に対して大きな規模の経済の効果をもたらす。テクノロジーへの投資が早期に実を結ぶのだ。

 中国の市場は、規模が大きいだけでなく、極めて多様性に富んでいて、しかも急速に変化している。その結果、活力のある市場が形づくられて、新興企業も既存企業も、新しいマーケットに向けて新しいアプリケーションをスピーディーに送り出す機会が生まれている。

 過去の研究によれば、こうした市場のダイナミズムは、後発者が追いつくのを助ける要因となることが多い。そして、それに伴い、新しい商品や新しいベンチャーが出現しやすくなる。

 ●中国のAI開発推進政策は強力だが、プライバシー保護規制は弱い

 中国のキャッチアップを後押しした3つ目の要素は、政策環境だ。中国は近年、AI開発を促進することを目的とする政策を続々と打ち出してきた。「中国製造2025」「ビッグデータ発展促進行動要綱」「次世代人工知能発展計画」などがそうだ。

 こうした政策は、起業家、投資家、そして研究者など、AI関連のステークホルダーに対して、明確なシグナルを発する効果を持った。そのシグナルとは、政府がAIを支援し、この分野に投資する価値があるというものである。

 一方、プライバシー保護などに関して明確な政策や規制がないことも、AI活用の一部の領域で中国が急速にキャッチアップできた一因と言える。たとえば、中国には至るところに監視カメラが設置されている。そのおかげで、画像認識・顏認証を専門とするAI企業にとって大きな市場が生まれている。プライバシー保護に関する規制がもっと厳しい国では、これほど急速に市場が拡大することはなかっただろう。

 NISEインテリジェント・テクノロジーのプロジェクトリーダーの一人が筆者らに語ったように、中国政府のプライバシー規制が緩やかなことが、一部の国内企業にとって大きな強みになっている。