編集長を交替します

 ところで、特集テーマである「戦略」とは、何でしょうか。

 世界のビジネススクールで使われている戦略論の教科書、Strategic Management and Competitive Advantage(By Jay Barney)は、「企業が生き残り、繁栄するためには、良い戦略の選択と実行が不可欠。しかし、『戦略とは何か』となると、見解はさまざま。さらに、『良い戦略とは何か』という点については、なおさら見解が一致していない。戦略や良い戦略の定義は、これらについて書かれた本の数だけ存在すると言える」という内容で、その第1章を始めています。

 そして、「本書では戦略を、『競争優位』を獲得するための理論と定義する」、「良い戦略とは、実際に競争優位を生じさせる戦略である」、「競合他社よりも多くの『経済的価値』を生み出せる時、その企業は競争優位を持つ。経済的価値とは、企業の製品・サービスに対して顧客が支払っても良いと考える金額と、その生産・販売にかかった総コストとの差」(今月号の特集第1論文に通じます)、「競争優位の大きさは、自社が生む経済的価値と、競合他社が生む経済的価値の差である」と続きます。

 さらに、「ある企業の戦略が最善であるかどうかを確定的に判断するのは困難だが、そのミスを最小限に抑えることは可能である」として、その方法論として経営戦略プロセスを示します。それは、(1)ミッションの策定→(2)目標の設定→(3)内部環境の分析と外部環境の分析→(4)戦略(事業戦略や全社戦略)の選択→(5)戦略の実行→(6)競争優位、という順に進むものです。

 同書の著者は、ジェイ・バーニー(ユタ大学教授)。上記のプロセスの(3)内部環境の分析のベースとなる、リソース・ベースト・ビュー(RBV:経営資源に基づく企業観)の提唱者の一人です。同じく(3)の外部環境の分析を中核とした競争戦略論のマイケル・ポーター(ハーバード大学教授)と共に長く注目されています。

 バーニー氏は、内部環境分析のツールとして、VRIOフレームワーク(Value〈経済的価値〉、Rarity〈希少性〉、Imitability〈模倣可能性〉、Organization〈組織〉の頭文字)を提示します。経営資源の「経済的価値」の有無は、企業がその経営資源によって外部環境における機会を活用または脅威を無力化できるかどうかで決まる、即ち企業による使い方次第であるとして、VRIOは(ポーターの)ポジショニング理論とRBVを統合する、と論じます。

 このように骨太の経営理論をメインにして、さらに36個のコラムで経営や経済の現状に対して問題を提起します。例えば、DHBR2021年8月号の呉軍華(日本総合研究所上席理事)の論文「中国の権威主義がもたらした繁栄と限界」で論じられたものと同様の「底辺への競争」(グローバル企業がコスト低減のため低賃金の途上国進出を競う際、人権を軽視しがちな問題)、環境や社会への悪影響を考慮しない企業活動の「外部性と利益最大化の社会的影響」、安易な解雇を疑問視する「従業員を柔軟な資産として扱うことの影響」等々です。本書の翻訳書は『新版 企業戦略論』(上・中・下の3巻)として、今冬に弊社から発行予定です。

 今月号の編集を最後に編集長を退任しました。4年半にわたり拙文にお付き合いを頂きまして、誠にありがとうございました。最後に、特集テーマと重なる内容の上記、新刊を紹介させて頂きました。

 新しい編集長は小島健志(前副編集長)です。新聞記者出身で、『ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけた つまらなくない未来』(弊社刊)の著書があります。より面白い誌面となります。引き続き何卒よろしくお願い申し上げます(前編集長 大坪 亮)