シェアリングエコノミーで
「ネットワーク外部性」は本当に働くのか

入山:現在取り組まれている研究についても、教えていただけますか。

岩尾:研究プロジェクトは複数あるのですが、そのうちの一つでは、「シェアリングエコノミー企業において学習曲線効果がねじ曲がった形になる」ことを実証分析によって明らかにしています。学習曲線効果とは、累積生産量が積み重なっていくと単位当たりコストが下がっていくという現象を指しますが、シェアリングエコノミー企業では、この単位当たりコストが途中から上がったり下がったりする可能性があるのではないか、という研究です。

 なぜかというと、シェアリングは新しい技術かつプラットフォームビジネスなので、最初は新しい技術に理解のあったITスキルの高い「良い」お客さんが利用します。けれども、売上が伸び、さらにその売上の累積も伸びていくと、徐々に客層は「普通」のお客さんになり、なかにはプラットフォーム上で悪さをする「質の悪い」お客さんも出てきてしまう。

 そのため、不正利用対策が必要になります。あるいは既存の産業にマイナスの影響を与えるために、政治が規制をかけてくることもあるので、それを防ぐためのロビー費用がかかったりします。

 そうした理由から、通常の右肩下がりの学習曲線ではない学習曲線が見られるのではないかという仮説を立てて、シェアリングエコノミー協会に入っている全社に質問票調査を行い、さらにその会社の財務諸表を手に入れて両方で分析してみました。

 すると仮説のとおり、シェアリングエコノミーでは、そう簡単にコストが下がらないことが分かったんです。

入山:シェアリングエコノミーだと、いわゆる「ネットワーク外部性」(ユーザーにとって、他の多くの人が同じ製品・サービスを使うほど、自身もそれを使う効果が高まる)のような視点が多いのですが、この論文はそこではなくて学習曲線効果という視点から見たわけですね。

岩尾:はい。論文の中では横軸に売上の累計を、縦軸に単位当たりコストを取った学習曲線で計算してみたということです。

 ただし、ここが難しいところで、私はオペレーションズ・マネジメントの文脈にうまく乗せるために学習曲線効果と言っていますが、本当は「規模の不経済」や「負のネットワーク外部性」と言っても差し支えなく、むしろそのように提示したほうが、分かりやすいかもしれません。なお、この研究は、Global Supply Chain Management Conferenceにて中間報告し、そこで『Journal of Operations Management』誌の特集号に招待され、現在査読審査中です。
 

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