1950年代後半から60年代前半にかけて、ピーター・ドラッカーが「競争」について定義し、マイケル・ポーターは1979年に「競争の戦略」。1996年「戦略の本質」でさらに議論を深めた。著者はこれらの論文をすべての戦略家が読むべき論文とする一方、これらの論文で戦略に関する議論に終止符が打たれたと考えるべきではないと説く。以降に唱えられた戦略に関するアイデアは膨大だが、それらは3つのカテゴリーに大きく分類という。

競争=価格競争だったポーター以前

 1950年代後半から60年代前半にかけて、ピーター・ドラッカーが「競争」について述べた内容を読むと、実は一つのことしか述べていなかった。価格競争についてである。これは、ドラッカーだけに限ったことではない。ほとんどの経済学者は、競争について明らかに同様のとらえ方をしていた。

 マイケル・ポーターは1979年、そのような一般的な考え方に疑問を投げかけた。ポーターはこの年の論文「競争の戦略」で、価格競争のほかに4つの競争要因があることを示した。2008年に、この論文の改訂作業をおこなった際、どのように5つの競争要因という枠組みを思いついたのかと私が尋ねると、こんな言葉が返ってきた。「価格競争がすべてのはずがない」。

 このような考え方のもと、ポーターはよく知られているように、次のように論じた。ある業界における競争の激しさ(言い換えれば、企業が価格を自由に決定できる度合い)は、同業他社との価格競争の激しさに加えて、顧客とサプライヤーが持っている交渉力、代替品と新規参入者が及ぼす脅威の大きさによって決まる、と。

 ソフトウェア業界やソフトドリンク業界のように、競争が激しくなければ、多くの企業が利益を上げることができる。それに対し、航空業界やホテル業界のように、競争が激しい場合、魅力的な投資利益率を上げられる企業はほとんどない。

 したがって、ポーターに言わせれば、戦略とは、同業他社からの価格圧力だけでなく、自社の競争環境における5つの要因すべてに対して、最良のポジショニングを見出すことである。

 このポーターの主張を戦略理論の決定版と位置づける人も多かったようだ。たとえば、新しいところでは2015年に、レベッカ・ホムク、ドナルド・サル、チャールズ・サルは“Why Strategy Execution Unravelsーand What to do About it”という論文でこう述べている。「マイケル・ポーターの1980年代の先駆的な著作により、戦略とは何かということについて、明確で広く支持される定義が確立された」

 しかし、この見方は正確とは言えない。

 興味深いのは、ポーターが論文「戦略の本質」を発表し、戦略の定義を示したのが1996年11月になってからだったということだ。つまり、5つの競争要因に関する鮮烈な論文を発表して17年経った時点でもまだ、「戦略とはなにか」という問いに直接回答する必要性を感じていたのだ。

 この論文でポーターは、その17年間に登場した新旧のさまざまな戦略理論に批判を加えている。特に、以下の戦略理論の問題点を指摘した。