デジタル・トランスフォーメーション(DX)の実現に向けて、多くの企業が莫大な投資を行っています。しかしながら、その投資は業績向上につながっているのでしょうか。DXを成功させるためには、デジタルシステムと業務プロセスの統合、そしてデータをビジネスに活かす能力である「デジタルリテラシー」が欠かせません。『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の最新2022年10月号では、「DXを成功に導く組織のデジタルリテラシー」と題して、会社全体でデジタルスキルの底上げを図る方法をお伝えします。

社員のデジタルスキルとマインドセットを高め
DXを成功に導く

 デジタル・トランスフォーメーション(DX)を実現するために、数多くの企業が多額の投資をして、分析基盤を整備し、デジタル人材を採用し、専門組織をつくっています。

 ですが、その投資額以上に業績アップにつなげた企業は数少ないでしょう。そのような企業に必要なのは、社員がデータや人工知能(AI)を理解し、その可能性を引き出せるように、組織全体のデジタルリテラシーを底上げすることです。

 今号の特集「DXを成功に導く組織のデジタルリテラシー」では、DXの成功確率を高める考え方を提案します。

 第1論文「デジタル・トランスフォーメーションを民主化せよ」の筆者は、ハーバード・ビジネス・スクールのマルコ・イアンシティ教授とマイクロソフトのサティア・ナデラ会長兼CEOという強力タッグです。

 製薬大手ノバルティスの事例から、技術に精通した人やデータサイエンティストだけでは大規模なイノベーションにつながらないと指摘します。経営幹部やマネジャー、現場の社員がデジタルに関するスキルやマインドを身につけ、現場からソリューションを生み出していく「民主化」の必要性を述べます。

 第2論文は「デジタルマインドセットが組織変革を実現する」です。DX実現には、既存の社員がデジタル技術やデータを使いこなし、その可能性を解き放つ能力や意欲を育むことが欠かせません。ただし、必ずしも前向きな社員ばかりではないでしょう。

 その意識の差は、DXを重要だと考える度合いと、学習能力に対する自信の大きさから生じます。フィリップスやモデルナ、ユニリーバの事例から、社員に自信を与え、継続的な学習文化を育む方法を述べます。

 第3論文の「巨大テック企業が活用するデータグラフとは何か」では、アマゾン・ドットコムやグーグル、ネットフリックスなどの先進企業が採用するデータ戦略を紹介します。商品購入前後の行動データと属性データなどをリアルタイムに収集し、洗練されたアルゴリズムを実装することで、動的なデータを用いて競争優位性を構築できることを記しています。

 第4論文は、ヤマト運輸執行役員の中林紀彦氏による「ヤマト運輸のデータドリブン経営は社員全員のデジタルリテラシー向上で実現する」です。ヤマトは、コロナ禍で荷物量が大幅に増えたにもかかわらず、デジタルの活用により生産性を高めて対処してきました。

 その裏側では、基盤整備を行い、デジタル人材を集め、事業部門との距離を縮めてきたといいます。さらに独自の教育プログラムにより、組織のデジタルリテラシーを高める工夫を行ってきました。データドリブン経営の転換に向けたヤマトの現在がわかります。

 特集5本目は、ホームセンター大手のカインズでDXを進めた経営者であり、売上高1兆円超のベイシアグループの実質的なトップである土屋裕雅氏へのインタビューです。カインズは、デジタル人材を積極的に登用し、システム開発の内製化を行い、エンジニアの採用を拡大し、小売りの姿を変えてきました。

「DX人材の育成にはプロジェクトを通じた相互学習が欠かせない」というタイトルの通り、現場、エンジニア、戦略担当者との協働を促し、新たな文化を受け入れながら、成長してきたのです。

 このように、DXの実現には、専門人材だけでなく、社員一人ひとりがその可能性を理解して、新しい技術を学び、デジタル人材と協働していくことが欠かせません。時間はかかるかもしれませんが、どの段階に自社があるかを確認するだけでも一歩前進できるでしょう。

(編集長・小島健志)