技術が先か、資源動員が先か
入山:少し過去のご研究に遡ってもいいですか。松本先生は、2011年に発表された「イノベーションの資源動員と技術進化: カネカの太陽電池事業の事例」という論文で、2012年に組織学会で高宮賞を授与されています。この研究ではどういったことを扱われたんですか。
松本:太陽光発電業界の中で、カネカに注目した研究です。太陽光発電のメーカーは、基本的には電機メーカーですが、カネカは化学メーカーです。なぜカネカから突然変異的に太陽光発電事業が立ち上がるのかに関心を持って、始めた研究でした。
イノベーションには資源動員が必要です。それも、クリエイティブな資源動員が(詳しくは武石彰 、青島矢一 、軽部大『イノベーションの理由』有斐閣、2012年を参照のこと)。要はヒト・モノ・カネが全く無い中で、社内ベンチャーのように事業を始めるわけですが、周りを説得して資源を得ていかないと大きな事業になりません。では、どうやって新しい事業が周りを巻き込んで、資源動員して、事業として立ち上げるところまでこぎつけたのかを記述していった、定性研究です。
入山:松本先生は、この研究のどの部分が評価されたと理解されているのでしょうか。資源を動員するというのは、ある意味「当たり前」ととらえられてしまうかもしれません。カネカのように異業種から参入して市場で成功する時、資源動員の方法が電機メーカーの場合と異なったりするのでしょうか。
松本:電機メーカーとの違いがあるかどうかは、この論文では実はあまり意識していません。「資源動員をしたいがために、技術開発の方向性が影響を受ける」ということを明らかにしています。
「よい技術があるから、資源動員できました」という流れではなく、「資源動員を目指すので、このような方向性で技術を使います」という意思決定が起きるんです。資源を動員することで、1つ事業をつくります。そうすると、より大きなお金が動かせるようになる。さらに資源を動員するために違うところの開発もする……これを繰り返しながら、カネカは最終的なゴールとしての「太陽光発電」に到達します。
入山:なるほど。普通は「この技術があるから、この方向性に進もう」という意思決定をして、その後、資源が動員されるという流れを考えますが、現実は意外と違っていたんですね。まず資源動員だと。
松本:ええ。もちろんよい技術の種があるのは確かなんです。けれども、それがあってもお金が無ければどうにもなりません。まずはどうにかして資源を獲得しなければならず、そこから少しずつスケールアップしていきます。おそらくこの点に現実感があり、面白いと評価されたのだと思います。
入山:松本先生のご研究は、直近の英語で発表されている論文はデータに基づく定量研究が多いですが、過去のご研究は定性研究が中心なのですね。
松本:国内で論文を発表していた時期は、主に定性研究を行っていたのですが、当時も説得力が増すと考えて、エビデンスとして多少なりともデータを差し込むようにしていました。データを扱う作業そのものも好きでしたね。
入山:定性研究を行っていた時は、大量にインタビューなどをして、それを羅列して整理するような研究がお好きで、それがいまは数字のデータになっている。
だから、もともとデータドリブン、エビデンスドリブンのタイプで、現在はデータ分析を軸にした研究をされることにも、違和感はないんですね。
松本:何かの概念があって、それをどう測っていくのかということは、事例研究でも常に考えていたことです。それが大量のデータに置き換わっているだけで、考えていることの本質はあまり変わっていませんね。
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