人生を評価する物差しを見直す

 ハーバード・ビジネス・スクールの教授を務めた故クレイトン・クリステンセンは、「プロフェッショナル人生論」で記しているように、卒業を前にした学生たちに、重要な問いを投げかけた。どうすれば、自分の人生に真の幸福をもたらすことができるのか、という問いだ。

 現実には、今日のほとんどの仕事では、真の幸福につながらない要素を重んじるよう仕向けられている。この数年で人々の価値観が変わりはじめたことは間違いないが、「自分をいたわる」とか「生き甲斐を持って生きる」ことが単なるお題目ではなく、当然の行動になり、私たちが長期にわたる満足感を獲得するために健全な行動を取れるようになるまでの道のりはまだ遠い。

 クリステンセンも指摘しているように、まずは人生を評価する物差しを見直すことから始めることが重要だ。以下に、あなたがその物差しを見直すために有効な3つのポイントを挙げる。

「比較」から「思いやり」への転換

 自分の成功の程度を評価するためにほかの人との比較を行うと、悲しみと空虚さを感じる。この点で心理学者たちの意見は一致している。ほかの人が直近に何を成し遂げたかに関心を奪われすぎると、自分自身が次の一歩を踏み出す妨げになりかねない。

 自分が達成できていない物事を理由に自分を叱責したり、ほかの人が達成した物事を理由にその人に怒りの感情を抱いたりするのではなく、少しでも前進できたのであれば、もっと自分に優しく接してはどうだろうか。そして、ライバルと見なしている人たちが成功を収めた時、その人たちがそのために費やした努力に敬意を表してはどうか。

 自分とほかの人を比較して、嫉妬を感じたり、嫉妬の感情を引き出そうとしたりするのではなく、感謝の気持ちを持って、もっと思いやりを抱くとよい。いまやっている仕事ができることへの感謝、これまでポジティブな経験ができたことに対する感謝、さらには、自分が成長するきっかけになった逆境への感謝などを持つのである。

「計算」から「貢献」への転換

 お金、さまざまな「勲章」の類い、ソーシャルメディアのフォロワー数などについて、際限なく点数を計算し続ける(これでは、ハムスターのように「快楽の回し車」の上を走り続けることになる)のではなく、自分がどのような貢献ができているかを点検しよう。

 あなたは、誰の人生に好ましい影響を及ぼすことができただろうか。誰に成長の機会を提供できただろうか。社会科学の研究によれば、このような経験が長期にわたって喜びをもたらすことがわかっている。満足感を抱くために到達すべきゴールラインを手の届かない場所に設定し直すことを繰り返すのではなく、ほかの人たちの力になる方法を探し、そのような経験を重ねることに喜びを見出そう。

「侮蔑」から「つながり」への転換

 ドーパミンのレベルの上昇と下降のサイクルを繰り返し経験し、その状況に対して依存症状態になると、つらさと不安と悲しみを感じることになりかねない。しかも、自分の負の感情がまわりの人たちに害を及ぼしていると感じると、ますます気持ちが沈み込む。

 自分自身に対して、さらには自分を大切に思ってくれる人たちに対して侮蔑の感情を抱けば、孤独と寂しさを感じる。信憑性の怪しい数々の言葉が頭の中に渦巻いて、孤独を感じ始めると、悪循環に陥り、一時的な満足感を得ることにばかり血道を上げても不思議でない。

 そのような時、満足感を得るための解毒剤として必要になるのが、ほかの人たちとのつながりだ。自分自身を責めたり、ほかの人たちを遠ざけたりするのではなく、勇気を持って助けを求めよう。侮蔑の感情を貯め込むより、人生で試練に直面した時に助けを求めることのできる、そして、逆に自分のことを頼ってくれる家族や同僚や友人を大切にしよう。長く満足感を抱き続けるためのカギは、ここにある。

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 もしあなたが深い満足感を長く抱き続けたいと思っているのであれば、そして、快楽の回し車から降りる覚悟があるのであれば、満足感の抱き方を学び直すべきだ。新しいスキルを学ぶ時は常にそうだが、この場合も、試行錯誤と勤勉な努力、そして強い決意が欠かせない。

 言うまでもなく、満足感の抱き方を学び直そうとしても、簡単にはいかない可能性がある。何しろ、私たちは生涯にわたり、どのような状態を「十分」だと考えるかについて不健全な物語に磨きをかけてきた。カントリーミュージック歌手のジョニー・リーは「間違った場所で愛を探している」と歌ったが、私たちはこの世界において、間違った場所で満足感を探すよう、人格形成期から教え込まれてきたのだ。しかし、私たちに手立てがまったくないわけではない。

 ローガンと私は、2人とも成果との不健全な関係に向き合う必要があるという結論に達し、そのために互いに助け合うことを約束した。具体的には、ほかの人たちより上を目指して、もっと多くのことをするのではなく、よりよいことを楽しく行うことを目指して、少しのことに集中しようと決めた。

 目を閉じて、自分が真に深い満足を感じた時のことを思い返そう。それは、大切に思っている人と一緒に楽しく過ごしたり、ほかの人たちの力になるために行動したりする日常の経験をしている時間だったのではないか。そうした時間を増やすのも悪くはなさそうだ。


"Why Success Doesn't Lead to Satisfaction," HBR.org, January 25, 2023.