5. 課題となる「デザイン思考家」と「データサイエンティスト」の人材育成
スクウェアや大阪イノベーションハブの事例のように、“デザインカルチャーとハッキングマインド”が交差するところにユニークな「Internet of things」をみることができる。これまで議論してきたように「デザイン思考家」と「データサイエンティスト」を融合できるかが重要であるが、そもそもこれらに求められるスキルセットは下記の図の通り多岐にわたるため、時代の要請よりも絶対数が不足していくだろう。人材育成が今後、課題となる。
マッキンゼーの発表によると「データサイエンティスト」は18年には14万人程度不足すると言われている。また先日、横浜で開催された第9回 世界ファブラボ会議 国際シンポジウムの議論にもあったが「デジタル・ファブリケーション」を駆使できる人材が求められるように、「デザイン思考家」も同様に不足するだろう。
上記のように各々が「総合格闘技」であり、求められるスキルは広範囲に渡る。MITメディアラボの伊藤穰一所長や石井裕副所長らが述べるように「アンチ・ディシプリナリー(専門分野にこだわらない)」な姿勢が求められる時代かもしれない。しかし個人ですべてカバーできる範囲でないだろう。多くの社会人は実務やOJTでしかスキルを身につけることができない。また実務やOJT以外での実践の場という意味では、大阪イノベーションハブの「ものアプリハッカソン」のような他流試合の中で身につけたいスキルを無理矢理にでも実践したり、都内でも多数開催される「ハッカソン」のイベントに参加して他人から盗んだり、情報交換をする中で修得していくのも手かもしれない。
そうした中、徐々にではあるが、イノベーション教育にデザイン思考を導入している国内の大学院も増えている。海外ではデザイン思考教育は、スタンフォード大学d.schoolやバウハウスデザインの流れを汲むイリノイ工科大学Institute of Design、MITのシステムデザインマネジメントなどがあるが、国内でも慶應大学大学院メディアデザイン研究科・システムデザインマネジメント研究科を筆頭に、京都大学デザインスクール(デザイン学大学院連携プログラム)、東京大学ischool、東京工業大学大学院社会理工学研究科などがデザイン思考教育に取り組み始めている(注3)。
また「データサイエンティスト」を育成する「データサイエンティスト協会」が2013年5月に発足した。新しい職種である「データサイエンティスト」に必要となるスキル・知識を定義し、育成のカリキュラム作成、スキル標準となるレベル認定制度の構築など、高度IT人材の育成と啓蒙を目的としているという。
実務やOJTでの経験にプラスして、これらのようなイノベーション教育や協会のレベル認定制度などを活用して技能や知識を修得することで、「Internet of things」時代に必要となる「デザイン思考家」と「データサイエンティスト」人材がもっと増加していけば、優れた「Internet of things」のイノベーションを日本発で世界に発信していけるのではないかと筆者らは考えている。
以上、第1回から第4回まで「オープン・イノベーションとデザイン思考」を軸に筆者らが実務で経験する中で、読者の方々と共有し、オープンに議論したほうが良いと思ったトピックを綴ってきた。そもそもイノベーション研究自体、まだまだ歴史が浅く、今回の連載でも議論する余地の多々あるトピックもあると思われる。皆様からのフィードバックを頂ければ幸いである。
(高松充、及部智仁)
【注】
(1)マイケルニールセン『Reinventing Discovery The new Era of Networked Scienceオープンサイエンス革命』紀伊国屋書店、2013年
(2)坂村健『ユビキタス・コンピューター革命』角川書店、2002年
(3)黒川 利明「大学・大学院におけるデザイン思考(Design Thinking)教育」、科学技術動向 2012年9・10月号
デジタル・ファブリケーションを揃えたデザイン思考の工房や、世界トップクラスの技術探索企業であるナインシグマ・ジャパンとの業務提携などを通じて、オープン・イノベーション事業を推進。詳細についてはこちらをご覧下さい。
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第1回「集合知とデザイン思考」
第2回「異なる知性とのコラボレーションとデザイン思考について」
第3回「事業開発への集合知の活用:ナインシグマとのコラボ連載」