◆構成

 ジョブズのスピーチは、メッセージが明確でした。具体的には、3つのストーリーを通じて、次のことを伝えています。

・直感、内なる声、自らの心に従えば、価値あるものに出あえる。そして、それらの点と点はバラバラに見えてもいつか必ずつながる。
・自らの心に従って愛することをすれば、素晴らしい仕事ができるし、つらいことも乗り越えられる。そして何よりも真の満足が得られる。
・死を意識して「今日が人生最後の日」だと思って生きれば、重要でないものが気にならなくなり、直感に従うことが怖くなくなる。

 この3つの個別メッセージをまとめると、「今日が人生最後の日だと思って、何があろうと自分の心に従って、愛することに取り組め!」ということになります。これが全体メッセージであり、ジョブズは、「ハングリーであれ、愚かであれ」(Stay hungry, Stay foolish)というフレーズで置き換えて伝えました。

 これらを自らの主観的な経験で語っているわけですが、このようなストーリーテリングの手法は、聴衆を引き込み、感情を共有するのに非常に効果的です。

 注目すべきは、メリハリの利いた流れとなっている点です。まず、オープニングでしっかりと聴衆の関心をつかんでいます。

 ジョブズは、大学を卒業しておらず、これが自分にとって最も大学の卒業式に近い経験だと最初に述べました。これは、その後に続く話の頭出しでもあるのですが、冒頭のこの率直な話に、聴衆はエッと思ったに違いありません。

 そして、「今日は3つの話をする、ただそれだけだ」とあっさり本題に入ります。潔いまでのオープニングの短さ、シンプルな話の構造に、聴衆はジョブズらしさを感じたのではないでしょうか。

 予告通り3つの話を語ったあと、最後のクロージングでは、「ハングリーであれ、愚かであれ」と、『全地球カタログ』最終号の裏表紙の言葉を引用して締めくくりました。

 ジョブズのスピーチは、全体のメッセージと個別のメッセージが明確であるとともに、その関係性が論理的に構築されています。また、ストーリーを用いて聴衆と感情を共有し、オープニング、ボディ、クロージングの構成を用いて話の流れにメリハリをつけています。論理性を保ちながら、聴衆の感情に訴えるスピーチのまさに好例でした。

◆話しかた

 ジョブズの話しかたは、新製品発表などで行っているプレゼンスタイルとはまったく異なるものでした。いつもならば、聴衆とアイコンタクトを取りながらダイレクトに向き合い、声に抑揚をつけ、身振り手振りを駆使しながら熱く語りかけていますが、今回は非常に静的です。

・アイコンタクト
 基本的には手元のスピーチ原稿を見ていましたが、折に触れて右左に視線を送るなどして、会場全体の聴衆に抑えの利いたアイコンタクトを送っていました。

・姿勢
 演台の後ろから聴衆に語りかけています。プレゼンのときは聴衆との間に障害物を置かず、ダイレクトにつながろうとするジョブズですが、今回は由緒のある卒業式ということもあり、伝統的なスタイルが求められたものと思われます。

・手振り
 時折、あごひげを触る以外は、ほとんど演台に添えられていました。

・声
 声を低く響かせ、大事なところで間をしっかりと取り、情熱を伝えるべきところはスピードや音量にメリハリをつけるなどして、重要なメッセージをインパクトをもって伝えていました。

 このように、いつものプレゼンに見られるようなファンを熱狂させる派手さはありませんが、愛情のこもった眼差し、自信と威厳とエネルギーにあふれた声で、聴衆の共感と信頼を得ていたように感じられます。