建築家の谷尻誠氏は、その点について次のように語ります。

 「僕はラグジュアリーブランドがホテルを手がけるのはすごく自然だと思います。もともと高級品の価値は、『本物の高品質な洋服を着れば心地良い』といった体験にあるはずだからです。それを知ってもらうことが、結果として商品の購買にもつながっていく。その意味で本物に出会い、触れ、使うことができるホテルほど、ラグジュアリーブランドのショールームに適した空間はないでしょう」

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谷尻誠氏:建築家。Suppose design office代表。穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授。広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設など国内外合わせ、仕事は多岐にわたる。著書に『1000%の建築』、『談談妄想』

 しかし、ここには難しさもあります。ラグジュアリーブランドのホテルは空間を丸ごと使ってブランドの統一された世界観を伝えるためにあるのですが、そこが弱点にもなるのです。

 「完全に統一されたラグジュアリーな空間では、どれだけ豪華にしてもやがて陳腐化してしまいます。ひとつの価値観しかない世界だと、ラグジュアリーな体験に飽きるのも早いわけです。空間の設計における新しい高級感とは、僕は既成概念を壊すことにあると思います。ラグジュアリーホテルといえば、高級に飾られている世界観を誰もがイメージしているはずです。でも本当は、そこがチャンスなんです。イメージを逆手に取り、人々に驚きを与えるような体験をデザインすることで、より強くブランドを印象づけることができます」(谷尻氏)

 そうした意外性をホテルでうまく表現しているラグジュアリーブランドがブルガリです。

 2004年に初めて「ブルガリ・ホテル」をオープンしたミラノでは、都会の中心部にある元修道院を改修。周辺には隣接する植物園とホテルの庭園が重なりあって広がり、都会の真ん中でリゾート地のような静寂の空間を作り上げることに成功。ヨーロッパでもっとも高級なホテルという評価を得ました。