「ビジネスモデル」を問い直す
入山 戦略と並んで、企業への有用性が問われるテーマとして、ビジネスモデルがあります。日本では猫も杓子もビジネスモデルという感じで人気があるようですが、実は国際標準になっている経営学では、ビジネスモデルの研究はほとんど進展していないのです。
日置 それは僕もずっと気になっていました。実を言うと「ビジネスモデル」という言葉自体、使い方が曖昧で、あまり好きなワードではなかったりします。多くが、提案する価値や顧客へのデリバリー方法、収益構造などがよく整理できてないものをまるっと「ビジネスモデル」と呼んで格好よく見せているだけという気がしてまして(笑)。90年代の終盤あたりから「ビジネスモデル特許」とともに日本でも広まった記憶がありますが、これもオリジナルは「モデル」ではなく、「Business Method Patent」のはずで。
入山 ビジネスモデル特許ってありましたね、IT関連のビジネスが本格的になってきた頃だったでしょうか。ポーターの言う、「色々な要素がつながって一貫性があるのが戦略だ」というActivity Systemという考え方と大差ないようにも見えてしまいますよね。
日置 ビジネスモデルの定義が矮小化されてしまっているのかもしれませんね。それに、リソース・ベースト・ビュー(RBV:資源ベース理論)的に考えると、各企業において「稼ぐ仕組み」としてのビジネスモデルを構築するケイパビリティやその差別化要素(異質性)をどのように捉え、育んでいくことができるのかという議論への展開が十分になされていないように感じています。
入山 世界の経営学では、定量分析を重視するトレンドを受けて、ビジネスモデルの研究もやっぱり狭い範囲の各論に落ちてしまい、枝葉のことになりがちです。一方で、国際学会のセッションが超満員になるほど、ビジネスモデルへの関心は高まっているのも事実なんです。なぜなら、経営学研究者の多くはビジネススクールの教員でもあるので、学生や実務家とも向き合っており、実用的で統合的な議論が要請されるからです。しかし、ビジネスモデルの研究は一向に進まない。そうした葛藤があり、研究者にとってはある意味で住みにくい分野になってしまっています。
日置 確かにビジネスモデルという語を冠した本を読むと、いかに絵を描くか、絵にはどんなパターンがあるかなど理論的に始まっているけれども、後半になると各企業のビジネスモデルの紹介のみが並んで、結局どのモデルが、なぜ有効なのかという結論がないままに終わっているものが多いと感じます。もちろん、永続的に競争力を持ち続けるものはほとんど存在しないので、難しいことではあるのですが、ビジネスモデルとは一体どのような概念か、広く捉え直すところから出発してみると、新たな見地が開けるかもしれません。
入山 そうですね。こういったテーマこそ、私みたいな頭だけで考えがちな学者と、日置さんのようなコンサルタントの方々がコラボレーションできる分野だと思います。現在の世界の経営学は、分解して科学的に検証するタイプが主流で、統合することが実はあまり得意でないので。さまざまな業界を見られるコンサルタントの感覚を生かして、ビジネスモデルの定義を見直し、本当にワークする仕組みを見つけ、日本企業のヒントにできたらいいですね。
日置 世の中が複雑化して、変化も速くなると、事象間の因果関係を解き明かすのが難しくなるとは思います。一方で、変化する環境に対し、意図を持って経営資源を創造・拡大しながらうまく組み替えて自らを変革し、進化的に適合していくダイナミック・ケイパビリティという考え方も注目されるように、統合的なアプローチが求められている時代でもあると感じています。ビジネスモデルも、そのような視点で捉えられるとよりよい議論ができるのではないでしょうか。