ゲームを制するのは「1.5列目」
日置 日本企業への戦略論の適合という観点でもう一つ、以前から考えていることがあります。ここ最近、「イノベーション」や「リーダーシップ」などのキーワードで、日本企業は世界をリードする先駆者にならねばならないという論調をよく見ます。もちろん、大事なことではあるし、中小企業やベンチャー、素材系企業などを中心に優れた技術を持つ企業も多く、先駆者になる資質は決して小さくはないですが、日本企業、特に大企業が世界的競争の中で生き抜くには、必ずしもトップランナーになるばかりが正解ではないように思うのです。ファーストムーバー(先行者)が一番得をするかというとそうでもなくて、本当に儲かっているのは少し遅れてくるポジション、サッカーで言うと1.5列目のような気がするので。
入山 それは面白いですね。経営学でも、ファーストムーバーに関する研究ばかりではなくて、フォロワーに関する研究もあります。ファーストムーバー・アドバンテージ(先行者利益)が本当にあるのかも、かなり研究し尽くされていてさまざまな説がありますが、結果としては「それなりにある」ということになっている、と私は理解しています。市場に参入する時もそうですし、M&Aでもブームの初めに買収したほうが、理論的にはよいターゲット企業が取れるので、先に業界を押さえられるということになります。ただしデメリットは、最初に動くと不確実性が高いので、リスクが大きくなることです。こう考えると、最悪なのは「ブームの真ん中あたり」で動くことで、先に動くか徹底的に待ってからがいいという研究結果がありますね。
日置 その不確実性の賢いマネジメントともいえるかもしれませんが、ファーストムーバーは技術で先に行くのですが、実はそれだけでは大きな成功に結びつけられる確率はどうしても低くなる。だから、彼らの動きをきちんと捕捉しつつ、時にはあえて自由に走らせてみながら、こぼれてくるであろうボールを叩きに行く1.5列目の人たちのほうがしたたかに得点するというか、ビジネスをうまくコントロールしているんじゃないかと思うところがあります。すみません、理詰めでなく、感覚的なところが大きくて。
入山 なるほど。日置さんのイメージは、きっと先行者の中のもう少し細かい区分けで、センターフォワードよりはオフェンシブハーフくらいのポジションがいいということですよね。統計分析では細かく捉えられない部分ですが、理論的にはあり得ると思います。米国のSNSでは、マイスペースという企業のサービスが最初に広まったのですが、Facebookが急に浸透してきて、一気に追い抜かれたりしました。こういったことは、実際には結構起きている事象かもしれません。
日置 米系企業の技術戦略を見ても、あえて最先端を走らないところがあります。自ら取得していた特許を開放し、そこから新しい技術が生み出されるとクロスライセンスで事業にしていくのが上手です。組織の中での人の動きでも、ビジネス上の奪い合いでも、先頭に立つのではなく若干遅れて、しかし着実に成果を手にするほうが強い気がします。特に、技術やアイデアを稼げる事業として成立させる段階では、大企業の体力、資金力はもちろん、インテグレーションする力などが強みになります。これは日本企業が稼ぐ力を磨く際によいヒントになると考えています。
入山 ファーストムーバーの理論は、先に参入することで経営資源や顧客を囲えるという利点がありますが、遅れるほうが情報の非対称性や不確実性を下げられるという、基本的にはそのトレードオフになっています。ですから、日置さんのおっしゃる1.5列目の勝ち方は、情報化社会が進み、知識資産が企業の競争力として大事になってくるほど、見えない部分、つまり不確実性が増していくので、ファーストムーバーのリスクが大きくなることを考慮されているのですね。そのため、すべての企業がそのリスクをとりにいく勝ち方を狙うより、よいフォロワーという勝ち方がより重要になるのではないか、という発想ですよね。
日置 そういう環境において、参入のタイミングとして1.5列目であるだけでなく、潮目を捉えてゲームそのものをつくりにいくためには、先ほども述べたファーストムーバーの動きを把握していることに加え、社会におけるさまざまな動向、情勢を理解していることが前提になります。そのため、長期的な経営の視点や、企業内外の土壌づくりが肝心だと考えています。そうでなければ、多くの日本企業がいまもよくいわれているように、単にリスクを積極的にとりにいかないだけのスタンスであり、結果として、新陳代謝がないとか収益性に劣るということに帰着してしまいますので。
入山 経営学でも、リーダー=優れている、フォロワー=劣っているという短絡的な見方でなく、双方のメリットとデメリットの関係や、経営環境や事業などの各条件下における現れ方など、多面的な問われ方がされています。ぜひ、ポジティブなフォロワーシップを見出したいですね。
日置 日本企業を活かす「正しいフォロワー」については、機会をあらためて、もう少し突き詰めて議論しましょう。