マーケティング分野のオープン・イノベーションのうち、インバウンド(MI)型の例としては、アイデア・コンテストや共創コミュニティが挙げられる。一方、アウトバウンド(MO)型としては、IKEAの組立参加やネスレ日本の顧客のアンバサダー化が挙げられる。これらをオープン・イノベーションというと意外に思われるかもしれない。しかし、知識ベース理論の考え方に基づけば、従来は企業の内部にあった専門知識を、不特定多数の消費者に分散させる流れを創り出しているという点で、外向きのオープン・イノベーションの定義に当てはまる。顧客との価値共創を、知識のインバウンド・アウトバウンドの次元でとらえると、MI型・MO型と整理できるのである。
MI型については、日本では、エレファントデザイン株式会社が1999年にビジネスモデル特許を取得し、2000年からサイト運営を開始した「空想生活」が知られている。このサイトでは、消費者が商品化のアイデアを投稿し、コンセプトや仕様に関するコメントを書き込み、欲しい商品に投票する。その投票数が一定に達した場合に商品化が実現するという仕組みになっている。海外の代表的な事例として頻出する、シカゴのスレッドレス・Tシャツの設立は2000年であることから、日本の空想生活はグローバルに見ても先駆的な事例であった。
エレファントデザインは、2001年から株式会社良品計画と提携して無印良品の共創コミュニティ・サービスを始めた。このビジネスについて、法政大学の西川英彦教授や神戸大学の小川進教授が行った共同研究が2013年にInternational Journal of Research in Marketingに発表され、注目されている(注4)。ユーザー主導で開発した方が、社内のデザイナー主導の開発より、初年度売上げ3倍,利益4倍といった高い成果を挙げていたことをデータで実証した研究である。先に述べたノーブル他の本でも、オープン・イノベーションの研究成果として、このMUJIの論文が紹介されている。
しかし残念ながら、こうした成功事例は少数に留まっているのが現状だ。アイデア・コンテストや共創コミュニティ型のオープン・イノベーションについて、学界での評価は必ずしも楽観的でない。最近の研究成果によれば、共創コミュニティの半数以上が失敗した可能性があるという。失敗理由として挙げられるのは、共創コミュニティが一部のユーザーに「ハイジャック」され、真剣なフィードバックが得られないことなどがある。先に指摘した調整コスト、すなわち取引コストの問題である。ユーザーが常に良い情報を与えてくれるという性善説では、必ずしも成功しないという教訓だ。
情報通信技術(ICT)の発達により、Facebookやtwitterなどのソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)を使えば、顧客の声(Voice of Customers: VoC) を、これまで以上に低コストで、短期間に、かつ容易に蓄積することができるようになった。しかし、顧客情報を集めることと、自社の資源との適合性を鑑みながら戦略的に活用し、収益化につなげることとは必ずしも直結しない。この点は、顧客志向の実現という全社的な経営戦略ともかかわり、膨大な研究蓄積のある話である。次回はこの点について、詳しく述べたい。
注1) たとえば星野達也『オープン・イノベーションの教科書:社外の技術でビジネスをつくる実践ステップ』ダイヤモンド社(2015年2月刊)、米倉誠一郎・清水洋(2013)『オープン・イノベーションのマネジメント:高い経営成果を生む仕組みづくり 』 有斐閣(2015年3月刊)、安本雅典・真鍋誠司『オープン化戦略』有斐閣(2015年秋刊行予定)に詳しい。
注2) Noble, C. H., S. S. Durmusoglu, and A. Griffin (2014) Open Innovation: New Product Development Essentials from PDMA, John Wiley & Sons, Inc. Hoboken, New Jersey.
注3) 川上智子(2005)『顧客志向の新製品開発:マーケティングと技術のインタフェイス』有斐閣。
注4) Nishikawa, H., M. Schreier, and S. Ogawa (2013), User-generated versus designer-generated products: A performance assessment at Muji, International Journal of Research in Marketing, 30(2), 160-167.