全体的に、企業でよく用いられる方法も含め、いかなる呼びかけも従業員の通勤方法を変えることはできなかった。なぜこうしたアプローチは功を奏さなかったのだろうか。従業員はよりよい通勤方法を見つけたいと言っていたはずだ。

 私たちは、3つの理由があったと考えている。

 第1に、企業が従業員に無料で駐車場を提供していたので(実際のコストは年間数千ドル)、従業員は車通勤のすべての経済的コストを負担しなくてもよかった。また、車の運転で環境に及ぼす悪影響に関するコストも支払わなくてよかった。もし従業員が、自分の通勤方法の全コストを負担しなければならなかったら、私たちが試みたナッジはもっと成功したかもしれない。

 第2に、交通機関の利用やカープールは、社会にとってメリットがあっても、往々にして通勤者個人にとってはあまり便利でない。なかなか環境に配慮した通勤手段に移行しないのは、少なくとも最初は、公共交通機関やカープールの利用を計画するのに時間を取られるからかもしれない。

 第3に、通勤方法の変更は習慣的行動を変えることを要求するが、周知の通り、習慣的行動を変えるのは非常に難しい。ナッジは、インフルエンザの予防接種など1回限りの行動の形成には効果的である。しかし、たとえば運動のように毎日の行動を要する決断を変えさせたいときにも、同じくらい効果を上げられるかどうかは、まだ確認されていない。

 私たちの社会のインフラ、経済的インセンティブ、社会的規範は、1人での車通勤に便利なようにできている。この状況下では、企業が実施しやすい軽いナッジでは変化を起こすのに十分ではないと、私たちのデータは示している。むしろ、習慣的な通勤行動を変えることを望む企業には、以下の方法を試すことをお勧めする。

 ●車の使用の全コストを従業員に見える化する

 1人での車通勤の真のコストが見えにくくなるような、駐車場やその他のインフラへの補助金を出さない。単に無料の駐車場を取り上げるのではなく、たとえば駐車場代と同額をボーナスとして従業員に与え、ボーナスで駐車場代を支払うか、現金をもらって別の通勤方法を選ぶかを選択させる。

 ●車の使用を難しくし、他の通勤形態を容易にする

 車の使用と駐車を不便にする(駐車場の規模を半分にする、相乗りをする人には入口に近い駐車場を提供し、1人で車通勤する人には離れた駐車場を提供するなど)ことによって、カープールなどの他の方法の利便性、安全性、快適さ、コスト節約の価値を高めることができる。現金および現金以外のインセンティブを増やすことでも、1人での車の使用から公共交通機関の使用へと通勤行動を変える動機付けを与えられる。

 ●就労形態の設定を変える

 週5日のうち3日のみ職場での駐車を許可するだけでも、あるいは在宅勤務場所を選ばない勤務形態を可能にして通勤の頻度を減らすことによっても、規範は変えられる。また、車を使わない通勤を実現しやすくなるような場所への転居を支援するスキームも、検討する価値がある(立地効率型住宅ローン・スキーム、転居支援などと呼ばれる)。

 ●タイミングを考慮する

 企業が「ナッジ」し続けるつもりなら、変化の重要なタイミングを活用すると、もっとうまくいくかもしれない。人は引っ越したり新しい仕事を始めたりするとき、あるいは何か大きな支障があって一時的に習慣をやめざるをえないときに、通勤行動を変えやすくなる。こうしたタイミングで、企業は行動学の知見に基づくメッセージや軽いインセンティブを試みることができるだろう。もし企業が「ナッジ」だけに使うのなら、新しい従業員が仕事に就くときに、最初から別の通勤習慣を勧めるとよいだろう。

 もちろん、従業員は企業に選択肢を制限されたり、駐車場のような福利を取り上げられたりすることを好まないだろう。だが長い目で見れば、通勤方法を変えることで従業員と地球の健康と幸福が得られるのである。

 本稿の発表にあたって、エリザベス・コスタとジェシカ・ロバーツの貢献があったことに感謝する。


HBR.org 原文:Why It's So Hard to Change People's Commuting Behavior, December 24, 2019, UPDATED December 31, 2019.


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