経済的ショックの「形」
リセッションという概念は、ある国の経済の状態を大ざっぱにとらえることしかできない。「景気後退」か「景気拡大」かに単純化する議論にとどまるからだ。リセッションとは、2四半期以上にわたってマイナス成長が続くことを意味するにすぎない。
それよりも、経済的ショックの「形」――いわば「ショックの幾何学的形状」――と、ショックが社会と経済に及ぼす恒久的影響を問うべきだろう。
ショックに見舞われた経済がその後にたどる道筋は、どのような要因に左右されるのか。今回の新型コロナウイルス感染症ショックの場合は、どうなるのか。
この点を明らかにするために、2008年の世界金融危機というショックにより、3つの国でどのようにリセッションが進行し、その後にどのように景気回復を遂げたのかを見てみよう。3ヵ国の経済がたどった道筋は大きく異なる。
●V字型
2008年、カナダは金融危機を回避できた。信用は逼迫せず、資本形成もそれほど妨げられなかったのだ。
深刻な経済破綻が避けられたことで、雇用が維持された結果、働き手のスキルが損なわれることもなかった。GDPは低下したが、やがて経済は危機前の成長軌道にほぼ復帰した。
これは、典型的なV字型のシナリオだ。一時的に経済生産が落ち込むものの、最終的には以前の成長軌道に戻るパターンである。
●U字型
米国の経済がたどった道は、これとは明らかに違った。成長率が大きく下落し、以前の成長軌道に復帰することはできていない。
成長率自体は回復した。上のグラフを見ると、2本の線の傾斜角度はほぼ同じだ。しかし、2本の線の間の隙間は埋まっていない。その差は依然として大きいままだ。経済の供給サイドが単発の大打撃により直撃を受け、経済生産が恒久的に減少したと考えてよいだろう。
この状況を生み出した要因は、深刻な金融危機により、信用仲介機能が大きく損なわれたことだった。リセッションが長引くにつれて、労働力供給と生産性に対する打撃がさらに膨らんだ。
世界金融危機後の米国経済がたどった道筋は、典型的なU字型のシナリオと言える。経済へのダメージは、カナダのV字型よりもはるかに大きい。
●L字型
3番目の例はギリシャだ。このパターンが最も厳しい。元の成長軌道に復帰できていないばかりか、成長率も大きく落ち込んだままだ。経済生産が減り続け、グラフの2本の線が大きく離れていったのである。
これから判断すると、金融危機が経済の供給サイドに構造的なダメージを及ぼしたと見なせる。資本投入量、労働投入量、生産性が繰り返しダメージを被った。ギリシャは、L字型の典型例と見てよい。
では、このようなショックの形は、どのような要因によって決まるのか。カギを握るのは、ショックが経済の供給サイド、もっと具体的に言えば資本形成にどのくらいダメージを与えるかだ。
信用仲介機能が損なわれ、資本ストックが増えなくなると、景気回復が遅れて、働き手が労働市場から退出せざるをえなくなる。その結果として、スキルが失われ、生産性が低下する。こうして、ショックの影響が構造的なものになるのだ。
V字型、U字型、L字型のそれぞれの類型の中にも、ショックが激しいケースもあれば、比較的軽いケースもある。V字型の場合、そのV字が深いパターンもあるし、浅いパターンもある。U字型にしても、新旧の2本の線の隙間が大きいパターンもあるが、隙間がそれほど大きくないパターンもある。
これまでのところ、コロナウイルス・ショックは、どのようなパターンをたどりつつあるのか。
ショックの激しさは、ウイルスの性質、政府の対応、消費者や企業の反応に影響される。しかし、前述したように、ショックの幾何学的形状は、ウイルスが経済の供給サイド、特に資本形成にどれくらいのダメージを及ぼすかによって決まる。
現時点では、深いV字型とU字型の両方のシナリオが想定できる。今後は、明らかなU字型になる事態を避けるために努力することが必要だ。