ショックを乗り切るためのイノベーション

 ただし、こうしたシナリオが避けられないと決まっているわけではないし、物事がすべてシナリオ通りに進むわけでもない。あらゆる地域で完全に同じことが起きるわけでもない。国によって状況に大きな違いが生じる。

 その理由は2つある。まず、このようなショックを吸収できる回復力がどのくらい備わっているかは、国によって違う。これは、言ってみれば「運命」の要因だ。

 加えて、未知の試練に対して医学関係者や政策当局者が新しい対処法を見出す能力をどれくらい持っているかも、国によって違いがある。こちらは、「イノベーション」の要因である。

 問われるのは、前例のないスピードで、前例のない対処法を考案できるかだ。それにより、人命か経済かという難しいジレンマを断ち切ることが求められる。

 ●医学面

 ワクチンが登場すれば、ソーシャル・ディスタンシングの必要性が減り、世界経済へのダメージがやわらぐことは明らかだ。しかし、ワクチンの実用化はかなり先になる可能性が高い。差し当たっては、既存の方法論の中で、漸進的なイノベーションを成し遂げることに焦点を当てざるをえない。

 そうしたイノベーションは、医療のさまざまな分野で実現する可能性がある。治療法の面では、ほかの病気に対する既存の治療法が新型コロナウイルス感染症にも有効だとわかるかもしれない。現在、数十種類の既存の治療法の有効性について検証作業が進められている。

 一方、増大する医療ニーズに応えられるように医療資源のゆとりをつくり出すためには、医療専門職の配置の適正化や、施設の用途変更、患者のトリアージなど、組織面でのイノベーションも不可欠だ。

 ●経済面

 米国では、新型コロナウイルス危機の打撃をやわらげるために2兆ドルの景気刺激策が決まった。しかし、政策のイノベーションも忘れてはならない。

 中央銀行は、流動性の問題が金融システムを破綻させないように、「ディスカウント・ウィンドウ」と呼ばれる仕組みを通じて、無制限の短期金融を提供している。いま必要なのは、いわば実体経済版のディスカウント・ウィンドウにより、家計や企業に無制限の流動性を供給することだ。

 いま新たに試みられている政策の中には、有益なアイデアがいくつもある。たとえば、つなぎ融資もそうだ。危機が続く間、家計や企業に無金利で融資を行い、返済期限にもゆとりを持たせる仕組みが導入されているのである。

 住宅や商業用不動産関連の不動産担保融資の一時返済猶予も始まっている。また、金融当局が銀行に働き掛けることにより、積極的な融資や、既存の融資の条件見直しを促す動きもある。

 このような政策上のイノベーションには、新型コロナウイルスが経済の供給サイドに及ぼす打撃をやわらげる効果があるかもしれない。しかし、新しいアイデアを考案するだけでは不十分だ。素早く効率的に政策を実行することも必要とされる。

 イノベーションを実現できれば、本格的なU字型のシナリオを回避し、深いV字型のシナリオに近づけられる可能性があると、私たちは考えている。しかし、戦いは現在進行中だ。イノベーションを成し遂げられなければ、比較的痛手の少ないV字型のシナリオに進める可能性は低い。


HBR.org原文:Understanding the Economic Shock of Coronavirus, March 27, 2020.


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