新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)の感染拡大が長期化するにつれて、数多くの産業に広範かつ甚大な影響が及んでおり、経営をめぐる先行きの不透明感はますます強まるばかりだ。こうした危機に企業が適切に対処していくには、ポスト・コロナ時代を見据え、人々の暮らし方やサービスの利用における変化を見極めること、そして今後のビジネスに求められる「New Standard」(新しい日常)をしっかりと定義し、新たな価値観をうまく事業機会に変えていくことが欠かせない。日本企業はコロナ禍によって顕在化した大きなトレンドや予兆を踏まえ、自社を取り巻く未来像を捉えた経営をどのように推進していくべきなのか。アクセンチュアの中村健太郎氏に聞いた。
感染症によって加速するパラダイムシフトに対応するには変化の見極めが不可欠
── COVID-19の感染拡大が長期化する中、ビジネスをめぐる先行き不透明感はかつてないほど強まっていますが、日本企業はどのように対処すべきでしょうか。
感染症の歴史を紐解くと、当時の社会・経済に非常に深刻なダメージを与えた事実がある一方、大きな構造変革をもたらす因子にもなっていることが確認できます。例えば、中世ヨーロッパではペストの猛威によって当時の農奴層を中心に人口が激減し、荘園制の崩壊が進む中で絶対王政が確立し、やがては民主主義の誕生につながりました。また、19世紀にはコレラの拡大を受けてパリで公衆衛生法が成立し、下水道などの社会インフラの整備が進むなど、さまざまなパンデミック(世界的大流行)が「変化を加速させてきた」事実があります(図表1)。

アクセンチュア株式会社
ビジネス コンサルティング本部
インダストリーコンサルティング日本統括 マネジング・ディレクター
フューチャーアーキテクト、ローランドベルガー、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年にアクセンチュアに参画。通信・メディア・自動車・鉄道業界をはじめとする多数企業の成長戦略、新規事業戦略策定などを手掛け、技術トレンドにも精通し、昨今は、ロボティクスやAI を活用した新規事業戦略策定・実行支援にも従事。『ポスト・コロナ業界の未来』(日本経済新聞出版)監修。その他寄稿等多数。
一方、パンデミックによる変化の兆しを目ざとく自社の事業機会と捉え、大きく飛躍を遂げた企業も存在します。代表例として、2002年から2003年にかけて中国でSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した際にビジネスを大きく伸ばしたアリババやJD.comが挙げられます。両社はSARSによって中国国内の移動が制限され、人々がEコマース(EC)を使うようになったという世の中の構造的な変化を、うまく捉えることに成功しました。特にEC直販大手のJD.comは、2002年以前は実店舗のみで家電量販店を展開していましたが、SARSで実店舗の販売が落ち込んだのをきっかけにECに注力するという大胆な経営判断を行いました。その結果大きなトランスフォーメーション(変革)を達成し、現在は「中国のAmazon」とも呼ばれるほどになりました。
今回のコロナ禍においても、変化の中に大きな事業機会、または企業を抜本的にトランスフォーメーションさせるさまざまな機会が存在していると考えられます。ただ、それらを正しく把握するためには、COVID-19がもたらす影響とパラダイムシフトを正しく捉えた上で、今後のビジネスに求められるNew Standardとは何かを定義することが欠かせません。
日本企業は、変化を起こすことは苦手でも、変化が起こった後に強く躍進することは得意です。 この危機にどのように対処し(=守りの経営)、世の中に新しく出てきた価値観をどのように事業機会へ変えていくのか(=攻めの経営)という攻守の両輪を回していくには、こうした変化を見極めながら業界の未来像をしっかりと見据える「未来予測」がより重要になってくると考えています。