過去の成功体験が邪魔をする

── AIの重要性を認識しているのに、実践は進まない。このようなギャップはどうして生まれるのでしょう。

牧岡 多くの経営者が、今も過去の成功体験に縛られているからではないでしょうか。かつて経営における大きな武器は、「ベテランの経験則」でした。時代とともにファクトとロジックが重視されるようになりましたが、そこから仮説を立て、確からしい答えを導くプロセスでも、経営者の勘と経験を頼りにしてきた部分は大きいのではないでしょうか。「勘と経験でうまくやってきた」という自負が、今、逆に足かせになっているように思います。

保科 多様な地域、多様な人々を相手にするグローバル企業では、勘や経験が役に立たないのでデータ活用がいち早く進みましたが、日本ではまだまだ「自分の見ている世界が全て」と思っている経営者が少なくありません。しかし、考慮すべき変数が10や20なら人間の立てた仮説も役に立ちますが、千や万の単位になると、もう人の手には負えません。テクノロジーの力を借りなければ、有望な可能性をやすやすと見落とすことになるのです。

牧岡 業務変革のプロセスも時代に合わせてアップデートしなくてはいけません(図表2)。教科書的にいえば、これまでは経営者が課題やその解決の方向性を示し、そのために必要な施策を各部門にブレークダウンし、現場のオペレーションに反映していく、ということになるでしょう。コンサルティングサービスを提供する私たちから見れば、まず全社戦略プラクティスに所属するコンサルタントが経営者とディスカッションして課題を明らかにし、業務変革プラクティスに所属するコンサルタントが部門長クラスと要件を詰め、ITやテクノロジーのプラクティスに所属するコンサルタントやエンジニアが現場で機能を実装する、という流れです。トップからボトムへ、順にバトンをつないでいくイメージです。こうしたシークエンスで「テクノロジー」が登場するのは最後。つまり、テクノロジーは製造、接客、間接業務などの現場で個別の業務を自動化、効率化するツールとしか捉えられてこなかったといえます。

 しかし、今はそのような時間のかかるプロセスでは、事業環境の変化のスピードに付いていけません。戦略やオペレーション変革のためにはテクノロジーを経営の中枢に埋め込み、アジャイルな動きを実現することが極めて重要になっています。これまでのようにAIを特定のタスクに適用するだけでは、組織全体の変革は実現できないのです。