ビジョンの明確化から始まるAI改革

── 日本企業がAIを本格導入するためには何が必要でしょうか。

牧岡 まずは、これまでに述べたような課題を認識していただくとともに、AIテクノロジー自体が日進月歩の状況にあることに鑑み、外部の力をうまく活用することだと思います。そのようなニーズに応えていくべく、アクセンチュアでは2020年3月に大幅な組織改革を行いました。

 全社的には、従来のデジタル コンサルティング本部を発展的に解消して4本部体制に再編し、私と保科が属するビジネス コンサルティング本部は「テクノロジーを活用して、アジャイルに企業変革の成果を出す」ことを主眼に、ストラテジー、AI、ITなど、各分野の専門家集団から成る6つのチームで再構築しました。これらが縦横無尽に連携することで、経営とテクノロジー、テクノロジーと業務、業務と経営の対話を活性化し、ビジネス全体を見渡した最適解の抽出と、そのクイックな実践につなげる仕組みを整えています。

 中でも大きな特色は、組織の中心に、CoE(Center of Excellence)として、保科をリーダーとするAIグループを据えたことです。世界最先端のAI研究やアプリケーション開発に取り組むAIグループが密に関わることで、常にAIの最新の知見をプロジェクトに生かせるのです。

保科 こうした組織の強みを生かし、アクセンチュアの持つビジネス知見とAI技術を組み合わせたAI Powered サービスを用意しています(図表3)。「AI Powered バックオフィス」のように、間接業務を自動化するファンクションAIもあれば、「AI Powered マネジメントコックピット」のように、経営KPIの可視化やモニタリング、戦略シミュレーション提案などを通じて素早い経営判断をサポートするものまで多彩です。

── 豊富なサービスを自在に組み合わせ、戦略立案と一体的に運用できるのですね。

保科 はい。そして、大事なのはツールの豊富さより連携の深さです。各領域の専門家が緊密に連携して、正しくゴールを設定し、適切なツールを用い、業務・システムの変革を完遂して初めてその真価が発揮できます。決して「ツールを提供して終わり」ではないのです。

 さらにアクセンチュアでは、AI活用を強力に支援する拠点として「AIセンター」も開設しました。AIのエキスパートが集まり提案段階から変革をナビゲートする「AI Lounge」、AIの試験導入を素早く実現する「AI Studio」、効率の良いオペレーションを継続して提供する「AI CoE」という各機能拠点に加え、AIを使う人間のスキルアップをサポートする「AI University」、最新技術を研究・開発する「AI Research」も備えています。さらに、「AI Lab」からは、新たなAIパワードサービスが次々に生み出されていきます。

牧岡 経営層の方々にお伝えしたいのは、私たちのような外部パートナーをうまく使いつつ、経営者にとってのコアミッションの一つである、自社のパーパスやビジョンを明確に示すことにこれまで以上に時間とエネルギーを充ててほしいということです。自社のコアコンピタンスは何か、そして社是や理念に沿った「譲れないポイント」は何かを明確に示していただくことこそが、私たちのような外部パートナーと伴走する効果を最大化するための要諦であるように思います。

保科 自社の未来像が明確でなければ、結局、技術に振り回されるだけになりかねません。AI導入に失敗する企業が陥りがちなわなです。何を解決したいのか、どのような価値形成をしたいのか、という経営者のビジョンなくして、AIドリブンの変革は進みません。

牧岡 AIを経営に活用することの本当の意義は、人間が人間にしかできない判断力を磨くことに集中できることにあるといえるでしょう。事業環境の変化シナリオのバリエーションを正規分布のカーブに見立ててみましょう(図表4)。

 シナリオは標準偏差±2倍の範囲内に、95.45%の確率で収まるわけですから、その領域における経営とオペレーションにはAIの力を大胆に活用すべきということになります。一方、事業環境を取り巻く不確実性が格段に増加している現代にあっては、標準偏差±2倍の範囲外にあるシナリオの発生確率が突然上昇する予兆をいち早く察知することが重要であり、これこそ経営者という人間が担わなければいけないミッションといえます。95.45%のシナリオ内でこれまで経営に費やしていた膨大な時間とエネルギーをAIの活用によって大幅に削り、街に出て、新しい情報に触れ、時代の変化を肌で感じて、ビジネスの機会の予兆をかぎ分ける、いわば経営者という人間の五感を最大限に生かすことに注力できている姿が、AIを活用した経営のエッセンスであり、これによって冒頭に述べたストラテジックレジリエンスが獲得できるものと考えています。

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