ビジネスのさまざまなシーンにAIが浸透しつつある。とはいえ、概念実証(PoC)から実用へ、さらには部分活用からエンタープライズ活用へとAIをスケールさせることに成功した企業はまだ一握りだ。この壁を越えるためには、何が必要なのだろうか。アクセンチュアのビジネス コンサルティング本部を統括する牧岡宏氏と、AIグループを率いる保科学世氏は、何よりも「経営者が自ら意識改革することが重要」と指摘する。
部分導入から全社導入への高い壁
── ビジネスにAIを活用しようという企業が増えています。

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 統括本部長 シニア・マネジング・ディレクター 専務執行役員
東京大学工学部卒業。マサチューセッツ工科大学経営科学修士修了。丸紅、ベイン&カンパニーを経て2014年にアクセンチュアに参画。全社成長戦略、組織・人材戦略、M&A戦略等の領域において幅広い業界のコンサルティングを行いながら、同社のビジネス コンサルティング部門を統括している。監訳書に『サーキュラー・エコノミー:デジタル時代の成長戦略』(日本経済新聞出版社)がある。
牧岡 労働力人口の減少という長期的なトレンドに加え、新型コロナウイルス(以下、COVID-19)への感染リスクの極小化が大きな社会課題となっている現在の状況において、フィジカルからデジタルへ、人間からAIへのシフトが、これまでになく加速しています。そして、AIは不確実性に対処するための大きな武器になります。COVID-19の世界的な感染拡大は、将来というものが本来、大きな不確実性をはらむものであるという認識を植え付けたと思います。AIなどのテクノロジーを最大限に活用すれば、最新データから次に起きることを予測し、刻一刻と変化する状況に応じて細かく戦略を変えていくことが可能です。
そこで改めて着目したいのが、私たちが「ストラテジックレジリエンス」と呼んでいる考え方です。例えば、以前なら漠然と「北を目指そう」と決めるだけで目的地に近づけたかもしれません。しかし今は「北北西20.5度」くらい精緻な目標設定をするとともに、それを臨機応変に変えられる能力が必要です。そして、そのように刻々と変わる目標をオペレーションレベルでも緻密に実現し、その結果も正確に分析した上で、次の経営判断に生かせるフィードバックを得ることが求められるようになっているのです。すなわち、高精度がもたらす頑強性、刻々と動く環境変化に追随する反脆弱性、この2点がもたらす企業経営のレジリエンスを実現するためにAIが不可欠なのです。
保科 AI導入の効果は数値でも明らかになっています。アクセンチュアが世界12カ国の経営者1500人を対象にした調査「AI: Built to Scale(ビジネス全体でAIを活用する)」では、AIの戦略的スケーラー(本格導入に成功した企業)は、概念実証(PoC)段階の企業と比べて約3倍の投資対効果を得ていることが明らかになりました。
しかし、企業における認識と実践のギャップはまだまだ深い。「成長目標を達成するためにAIを活用すべき」と考える経営者が84%に上るにもかかわらず、76%の企業は「AIの全社的な活用に苦労している」というのです(図表1)。企業の大多数は、AIを導入しているといってもPoC止まりで、実用段階に進んでいても個別課題への部分適用がせいぜいというのが実情です。ことに日本企業においては、全社にAIをスケールできている企業はわずか5%にも満たないという状況にあります。