相克を解消する思考法

 巻頭論文で、公開企業の所有やガバナンスについて問題提起しているロジャー・マーティン氏は、HBR編集部が選ぶ「マネジメント10人の巨匠」の一人です。その独創性を紹介いたします。

 マーティン氏は、マイケル・ポーター氏らが設立したコンサルティング会社のモニターグループからキャリアをスタートさせ、同社の共同経営者やトロント大学ロットマンスクール・オブ・マネジメント学長などを務めました。HBR誌には多くの論文を発表していますが、私が特に注目するのは、社会への問題提起と思考法、この2種類の論考です。

 今月号の論文は、前者の典型です。株価ベースの経営者報酬が経営に短期志向をもたらすと、公開企業の大株主である年金基金と、その実質的オーナーかつ企業の主力である知識労働者にとって望ましい価値創造と合致しないという問題を提起します。

 過去の論文「CEOの巨額の報酬に正当性はあるか」(DHBR2015年4月号)や「経営者が陥る株価割高のジレンマ」(DHBR2016年9月号)から追究しているテーマです。前者では、報酬制度の歪さから派生する格差拡大を問題視し、低所得に追いやられた労働者層の反抗を予測しましたが、トランプ政権誕生で現実化します。後者では、高過ぎる株価が経営者を悩ませる矛盾を指摘し、今日に通じます。

 さらに遡れば、「資本と才能:新たなる階級闘争」(DHBR2003年10月号)では、18世紀からの産業推移と、生産要素間の価値分配を分析。1930年頃までは労働力に比べて希少性が高かった資本に偏重されていた分配が、組合比率の高まりにより徐々に労働に移るものの、大戦以降は経営手腕による価値創造が強まり、経営者の希少性が高まっていったと論じています。以降、経営者、労働者、資本の複雑な闘争となり、マーティン氏は共存の道を探っていくのです。

 「地球を救う2つの論理」(DHBR2013年4月号)も画期的論文です。地球環境危機への対処には、経済学者トーマス・マルサスが提唱した成長抑制のマルサス主義と、ロバート・ソローらが説く技術革新に依るソロー主義の、どちらが有効か、について分析しています。

 今日のベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社)の著者、斎藤幸平氏の主張はいわばマルサス主義で、前号DHBR5月号のインタビュー「イノベーションが人類史上最大の問題を解決する」でビル・ゲイツ氏が訴えたのはまさにソロー主義です。マーティン氏が前述の論文で出した結論は何か。「(2つの論理を)組み合わせれば、すべての人々を鼓舞して力を発揮させることができる。それこそが、この戦いに勝つために求められることなのだ」です。

 対立意見を前にしての選択は、二者択一ではなく、熟慮を経ての統合が有効であるというのが、マーティン氏の思考法です。「偉大なるリーダーの思考法」(DHBR2007年9月号)で発表された思考法「インテグレーティブ・シンキング」は、2つのアイデアの相克を創造的に解消するもので、マーティン氏が多くの経営者との交流やその行動分析から理論化しています。

 現状を受け入れて判断する論理的思考のロジカル・シンキングに対して、より良い社会を実現しようと意欲的に挑戦する思考法がインテグレーティブ・シンキングであると説明しています。かつて上司でもあったはずのマイケル・ポーター氏が、戦略における選択の重要性を説いたのと対照的です。

 環境か成長か、競争か協調か、あるいは米中新冷戦の狭間で悩む日本など、相克する状況に直面しがちな今日、この思考法は解を探る上で有効ではないでしょうか(編集長・大坪亮)。