外的ショックで計画が頓挫した時
人材が違いを生む
コロナ禍の影響が続く中、DHLエクスプレスは事業のあり方を見直して、誰も予測できなかった事態に対応しなくてはならなくなった。
たとえば、新型コロナウイルスの感染が世界に拡大するとともに、当初は中国に運ばれる個人用防護具の量が急増したが、そこから逆に中国からほかの国に輸出される個人用防護具がさらに増加し、その後、国境を超えたeコマースが過去になく増加した。DHLは2020年5月の1週間だけで、航空貨物輸送に関する変更の要望を、それまでの1年間よりも多く受けつけている。
このような素早い調整を可能にした主な要素は、コロナ以前にすでに存在していた。長期間にわたり、社員のスキルを養い、迅速な行動に前向きな企業文化に投資を行ってきた結果、DHLの社員たちは新たな試練が生まれるとすぐに対処できたのだ。
たとえば、2010年に1億ユーロの投資で発足した「認定国際スペシャリスト」のプログラムは、社員研修および企業文化の構築を目指す取り組みと、従業員エンゲージメントを高める取り組みを一体化させたものである。同プログラムはDHLのグループ全体での活動に発展し、これまでに37万人の社員が参加した。
高度なスキルを持った社員たちに問題解決への取り組みを促し、それを通じて社会の切実な問題に目に見える形で貢献できるようにしたことで、2020年にDHLの従業員エンゲージメント指数は5ポイント上昇した(この指数は、毎年1回の社員アンケートで追跡調査している)。
企業はレジリエンス強化策の柱として、社員のスキル育成と企業文化構築への投資を行うべきだ。この点を裏づける研究もある。
研究によれば、激しい重圧のかかる状況で、その場の判断で適切な行動を取り、新しい経験則をつくり上げていく能力が重要だという。そして、社員がそのような能力を持つためには、知識とトレーニングが欠かせない。また、社員の多様性を高め、企業のパーパスを明確化することにより、この能力を向上させることができる。
事業規模が大きく
資産を直接的にコントロールしているほうが
素早く行動できる場合もある
この考え方は、規模が大きく、多くの資産を抱えている企業ほど俊敏に行動しにくいという、一般的な主張の対極を成すものだ。しかし、コロナ禍の下、DHLやそのほかの多くのグローバル企業は、明らかに規模を強みにしてレジリエンスを強化できている。世界規模のネットワークを擁し、幅広い業種を顧客に持つDHLは、急速に変化する貿易の流れに対応し、eコマースの急拡大を後押しできた。
新しいテクノロジーが登場したことで、資産をあまり抱えない戦略を採用する企業が増えたことは事実だ。しかし、資産を自社で直接的にコントロールすることが、レジリエンスを高めるうえで有効な戦略であることは、いまも変わらない。
コロナ禍が物流企業に突きつけた難題の一つは、国際線の旅客便が大幅に減少したことだった。ふだんは旅客便に貨物を搭載して運んでいるので、旅客便の減少により、航空貨物輸送力が大きく不足してしまったのだ。一部の主要な貿易ルートでは、航空貨物輸送力が50%も落ち込んだ。
その点、DHLは250機を超す航空機を自由に動かせた。それに加えて、パイロットの隔離が必要にならないように素早く次の目的地に向けて離陸するなど、オペレーションの変更も行ったことで、自社と顧客が受ける打撃を著しく軽減できた。また、たくさんの航空機を擁していたおかげで、220以上の国と地域への輸送を継続できた。その結果、世界の各国の貴重なライフラインが守られた。
DHLが世界中でビジネスを行っていたことは、感染症が流行する中で、事業を安全に継続する方法を素早く学ぶといった面で強みになった。ある国で新しいやり方を確立できれば、状況が急激に変化しているほかの国々にも応用できたのだ。
世界の貿易量が急速に盛り返し、DHLがコロナ禍をうまく乗り切ってきたことから明らかなのは、国際貿易に関する新しい予測に過剰反応せず、レジリエンスを高める手段として人材への投資を日頃から重視し、自社のビジネスの規模を武器に素早く行動することの大切さだ。
国際貿易が続く限り、世界の国々と企業は、世界規模と地域単位のサプライチェーンに依存し続けることになる。繁栄の重要な柱であるサプライチェーンが、この1年間の試練を通じてより強靭になり、将来訪れる危機に対するレジリエンスが高まっていることを願いたいものである。
"How DHL Express Navigated the Pause-and Rebound-of Global Trade," HBR.org, May 18, 2021.