戦略的アジリティの実践例

 2020年は、メディア・エンターテインメント業界にとって大激変の年だった。ネットフリックスやアマゾン・プライム・ビデオをはじめとする動画配信サービスは目覚ましい成長を遂げたが、ライブイベントや映画配給に関わる企業は売上げを大きく減らした。

 ウォルト・ディズニー・カンパニーは、その中間だった。2020年はじめの時点で、同社の総売上げに占める割合は、メディア・放送事業がおよそ3分の1、消費者に直接販売するD2Cビジネスが17%、残りの50%が映画製作、テーマパーク、商品売上げによるものだった。

 新型コロナウイルスの感染拡大が始まると、放送事業による売上げは増加したが、映画館、テーマパーク、小売店の休業による大幅な売上減を埋め合わせることはできなかった。

 2020年の年初に146ドル前後だった同社の株価は、新型コロナウイルス感染症による世界的影響が明らかになりつつあった3月20日時点で86ドルにまで下がっていた。

 ディズニーはまず、コロナ禍による最悪の打撃をできる限り回避することに努めた。具体的には、すべての施設、スタッフ、そして来場するゲストに強力な感染予防対策を課すことにより、テーマパークを限定的に営業し続けたのだ。

 また、店舗、テーマパーク、クルーズ船の事業で従業員のレイオフを行い、コストを抑える一方で、地元当局の協力を得て、収益を最大限埋め合わせようとした。同社は堅牢なバランスシートを維持していたことで、売上減の影響を吸収することができた。

 その一方で、同社はリソースの再配分と人員の再配置を行い、2019年11月に開始した動画配信サービス「ディズニープラス」の体制強化を図った。年間を通じて、新たなコンテンツを次々と投下し、配信コンテンツの増強を加速させたのだ。たとえば、特別追加料金を支払うことで視聴できるコンテンツとして、実写版『ムーラン』の配信を開始している。

 2020年末の時点で、ディズニープラスの有料契約者数は9000万人を突破した。これは、ライバルのHBOマックスやピーコックを大幅に上回り、自社が2024年までに達成したいとしていた目標もはるかに上回る成績である。

 状況が改善すると、ディズニーはただちに動いた。2020年5月には中国、7月には日本のテーマパークを再開した。最も重要なのは、ディズニープラスへの大々的な投資を続けたことである。これにより、ディズニープラスはサービス開始から1年ほどで、世界有数の会員制動画配信サービスに成長した。

 同社は、世界中で状況が絶えず変化していることを受けて、地域マネジャーに意思決定を委ね、成長分野に集中すべく、人材とリソースを動かした。このように、大企業であっても、戦略的アジリティの「トリプルA」を実践することで、コロナ禍のような危機に瀕した時でも、有効な方法で対処できるのだ。

 いずれはコロナ禍が終わり、ポストコロナの時代がやって来る。しかし、企業はその後も、別の大きな試練に襲われるに違いない。そのような状況では、回避、吸収、加速を戦略に組み込み、実践できるかが、危機下であっても繁栄する企業と破綻する企業を分かつのだ。

【編注】
1)焼いていない状態で買って帰り、自宅で焼いて食べる形式。
2)顧客が店舗の前に車を停めて、店員が車に乗った顧客に商品を手渡す形式。


"6 Principles to Build Your Company's Strategic Agility," HBR.org, September 02, 2021.