「トリプルA」の背後にある6原則

 戦略的アジリティとは、大激変の中で業績を向上させる能力を指す。つまり、単に生き延びるだけでなく、繁栄を遂げなくてはならない。

 筆者らの複数年にわたる研究プロジェクトでは、何百社もの企業を対象に、それぞれの定量データと定性データを検証してきた。その結果、戦略的アジリティは6つの原則に細分化できることが示唆されている。

 これらの原則は、定義やルール、法則、あるいはツールやフレームワークの類いではなく、企業が大激変を予見して対処し、それを有利な材料に変えるための指針のようなものと考えてほしい。

 ●ショックを回避する:スピードと柔軟性

 ショックを回避するには、事業環境のリスクを察知し、危険から逃れられるポジショニングを取り、打撃を受けないように素早く行動できなくてはならない。

 原則1:完璧さよりもスピードを優先する

 危機の時には、チャンスは突然訪れて、たちまち去ってしまう。だからこそ、企業は素早く行動できるように、常に準備を整えておかなくてはならない。その際、質的なレベルと予測可能性を犠牲にするのはやむをえない。

 中国では旧正月の休暇中、映画館が家族連れでいっぱいになるのが恒例だ。しかし、2020年1月は新型コロナウイルスの感染拡大が原因で、ほとんどの映画館は開店休業状態だった。実際に、休業を余儀なくされた映画館も少なくない。

 このような状況で、ホワンシー・メディア・グループ(歓喜伝媒集団)は、正月映画『ロスト・イン・ロシア』で巨額の損失を被ることが避けられないように見えた

 しかし、ほとんどの映画会社が新作映画の公開を延期したのに対し、ホワンシーはバイトダンス(字節跳動)にアプローチした。世界的に大人気の短編動画投稿アプリ、ティックトックを運営している会社である。

 映画の配信で手を組む相手として、すぐに思い浮かぶ会社ではない。同社傘下のサービスでは主に、ユーザーが制作した短い動画を配信しているからだ。たとえば、ティックトックでは動画の長さの上限を15秒としている。ちなみに、『ロスト・イン・ロシア』の上映時間は2時間を超える。

 しかし、『ロスト・イン・ロシア』はわずか2日の間に、バイトダンス傘下のプラットフォームで6億回視聴された。この映画は多くの視聴者を獲得しただけでなく、中国の人々から好印象を持たれた。彼らは感染拡大により自宅の外に出られず、欲求不満を募らせていたのである。

 一方、他の映画会社はただちに行動しなかったために、この期間の限られた機会を利用し、市場シェアを拡大させることができなかった。

 原則2:計画よりも柔軟性を優先する

 ビジネススクールの授業ではしばしば、戦略とは「どこで戦い、どのように勝利を収めるか」にまつわる選択の連続であると位置づけられる。たいていの場合、そうした選択は戦略計画に組み込まれていて、数カ月かけて立案・承認され、その後3~5年間かけて実行される。こうしたサイクルが繰り返されるのだ。

 しかしながら、危機の時には、戦略計画のせいで身動きが取れなくなり、もはや妥当でなくなった進路を進み続けてしまうケースが珍しくない。

 カンタス航空は、コロナ禍で売上げが大幅に落ち込んだ時、5カ年の戦略計画を放棄し、1980年代の古いアイデアを再び引っ張り出した。「目的地のない空の旅」を提供するサービスだ。

 旅程としては、シドニーの空港を飛び立ち、オーストラリアを周回して元の空港に戻る。この空の旅の途中で、グレートバリアリーフやウルル(エアーズロック)など、オーストラリアの主要な観光地を眼下に見られる。

 このフライトのチケットを売り出すと、わずか10分で完売した。これは、カンタス航空の歴史上、最速の記録だという。

 同社が素早く行動しただけでなく、オペレーションを柔軟に変更した点も注目に値する。国外には出られなくても旅をしたいという人々の潜在的ニーズを理解し、そのニーズに応えるために、自社のサービスを素早く変更した。そして、最初の成功を土台に、次は南極観覧のフライトを始めたのだ。