急速に変化する時代の中では常に最新の事例や理論が求められる一方、時代を超えて読みつがれる理論がある――。『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)には、そのように評価される理論を掲載した論文が無数に存在します。この連載では、著名経営者や識者がおすすめのDHBRの過去論文を紹介。第20回は、2005年からサイバーエージェントで人事責任者として社員の育成に携わってきた曽山哲人氏が、社員のエンゲージメントを高め、組織力の強化に役立つ記事・論文を紹介します。(構成/ムコハタワカコ、写真/高橋敬大)

 私が『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)を読み始めたきっかけをつくったのは、社長の藤田(サイバーエージェント代表取締役社長の藤田晋氏)です。1999年、20代で私が営業として入社した頃は、藤田が営業部門の担当役員を務めていたため、話す機会がよくありました。そんな話をする場だった社長室に、いつも表紙が見えるように置いてあったのがDHBRです。

 なかには藤田から「これは読んでおいた方がいい」と勧められた号もあり、経営陣と同じ媒体を読むことで、論点や視座が揃い、経営視点も持てるようになるのではないかと考え、書店で手に取るようになりました。

 最初はハードルが高く、どう読むか悩んだ記憶があります。試行錯誤の結果、いまではまず表紙からその号の大きなテーマを理解して、その中で一番気になった論文を最初に読むようにしています。各節をざっと見て、面白いと思ったら熟読するという読み方は、いまでも変わっていません。

 自分のいまの課題と合致している論文はじっくり読み込み、ボールペンで気になった単語には丸を付けていきます。私はブログでも人材育成やキャリア形成について発信しているのですが、ブログで論文を紹介する時には、ここで丸を付けたところを中心に取り上げています。

 今回は、私自身がこうしてDHBRを読み続けることで、人事責任者としての人材育成や組織づくりの参考になった、あるいは自分の考え方に自信を与えてくれた記事や論文、特集を紹介します。

宇宙飛行士に学ぶ、緊急時のリーダーシップ

 日本人で初の国際宇宙ステーション船長に任命された、宇宙飛行士・若田光一さんのインタビュー「宇宙空間で求められる極限のチーム・マネジメント」(DHBR2014年11月号)は、読むことで自分の考えに自信が持てた記事です。

 宇宙空間という極限の環境下でのリーダーシップは、会社で言えば大トラブルに見舞われた時のリーダーシップにもつながります。若田さんは緊急時にどのようにリーダーシップをとったのか、読む前から非常に興味がありました。

 面白かったのは、緊急時には「サーバント・リーダーシップ」「支援型リーダーシップ」(部下を支配するのではなく、奉仕することでチームを導くリーダーシップ)ではなく、トップダウンで決断するしかないと、若田さんが明確におっしゃっていたことです。

 私自身、近著の『若手育成の教科書』にも書いたとおり、平常時はサーバント・リーダーシップや、本人の意思を引き出すマネジメントを行ってきました。ただし、緊急時にはリーダーによる指示命令が必要で、その緊急時に非常に重要なのが強い信頼関係だと考えてきましたが、この点も若田さんは「クルーの間に強い信頼関係があるからこそ、トップダウンの命令を正面から受け止めてくれる」とインタビューで言及されています。強い信頼関係が事前に結ばれていないにもかかわらず、命令によってリーダーシップを取ろうとするのがいかにダメなことか、このインタビューを読んで改めて腹落ちしました。

 最近のリーダーシップ論では、リーダーが自分をオープンにすることや弱みをさらけ出すことが推奨されている風潮があります。それに対して若田さんは「常に弱みをさらけ出すのであれば、リーダーとしては失格でしょう。しかし、短所も含めて自分をさらけ出し、自分の目指していることや価値観をメンバーにきちんと理解してもらう好機を逃さないのも肝要だと思います」と語っています。いまの時代におけるバランス感を強く意識された発言だと思いました。

 DHBRの良いところは、論文を読むことで自分の考えに確信が持てることです。インタビューや論文などを通じて、著名なリーダーの考え方や識者の研究結果や分析が、自分の考えと一緒だと分かると、自信につながり、揺らぎがなくなります。

 若田さんはこのインタビューで、局面ごとの対応について話をされていますが、それを概念化した言葉でも伝えています。具体から抽象、抽象から具体への行き来ができるのも、優れたリーダーに特有の資質です。多くの人に伝える時には抽象的、概念的、理論的に伝え、足元で指示をする時には明確に、具体的に、解像度高く伝える。若田さんの言葉は非常に抽象度が高い一方で、具体的な事例にも落とし込んでいるのも印象的でした。

日常的なフィードバックが強い組織をつくる

 当社のミッションステートメントの中には、「『チーム・サイバーエージェント』の意識を忘れない」という宣言があります。つまり、組織として個人プレーではなくチームで取り組むことに価値を置いているため、以前から透明性が高く、関係性が強い組織をつくりたいという思いを強く持っていました。そうしたことからも、次に紹介する論文「言いにくいことを言える職場」(DHBR2016年7月号)は、タイトルを見ただけで興味を引かれました。

 日本企業は、他国と比較すると、従業員のエンゲージメントスコアが低いと言われています。実際、私自身もセミナーに登壇した際などに、大企業の社員の方から、会社に対して「意見を言いにくい」「透明性がない」「自分の意思を尊重してくれない」といった声をよく聞きます。

 当社は、いまでこそ社員同士が交流する機会が多く、褒めること、認めることを大切にして表彰式を毎月実施するなど、会社と社員、社員同士の関係性を重視しています。しかし、2000年代前半の一時期はそうした文化もなく、退職率が30%以上になったこともありました。当時の状況を思い出したり、依然として「意見が言いにくい」多くの日本企業の状況を考えたりする中でも、この論文はとても興味深いものでした。

 論文では、声を上げやすい文化や風土をつくるためのポイントが紹介されており、なかでも一番難しく、一番大事だと思ったのは「フィードバックを日常的なものにする」という内容です。

 当社では、2005年から月に1回の上司と部下による1対1の面談、いまでいう「1on1」を推奨しています。面談では、先月の振り返りや今月の作戦などの対話を推奨しており、一定期間続けることで半期末の上司による評価・査定と部下の認識のズレが小さくなっていきました。以前、査定への不満を減らすために評価制度を変えたことがあったものの、それ以上に効果的だったのはこの面談の習慣でした。

 この面談以外にも、フィードバックの仕組みをすでにいくつか持ってはいたのですが、この論文を読んで、私たち自身がきちんとフィードバックの日常化を実践できているかどうか、良い意味で考え直すきっかけにもなりました。

コロナ禍で再認識した「つながり」の重要性

 続いて紹介するのは、DHBR2018年6月号の特集「職場の孤独」です。この号は、特集全体に学びが多く、1冊から得られたものをできる限り真似したいと思いました。

 テーマとなった職場の孤独は、まさにコロナ禍における状況を先取りしたもので、改めて見返しても非常に含蓄のある、意味のある議論がなされています。特に精神面の健康を切り口にした内容で印象深かったのが「つながり」の重要性です。

 なかでも「『職場の孤独』という伝染病」「『つながっていたい』気持ちは人間の本能である」といった論文は、さまざまな孤独に関する研究から、つながりの大切さを検証しています。

 人は誰かとつながることで、自分の存在意義を感じることができ、その自尊心が気持ちを前向きにしたり、ストレスの緩和につながったりしていくと、コロナ禍で多くの方が改めて感じたのではないでしょうか。

 2020年4月に緊急事態宣言が出された頃に入社した新入社員の中には、一人暮らしで、リモートワークが続き、誰とも話さない時間が長かった人もいたはずです。当社でも「寂しい、孤独だ」という声が実際にあがった時期がありました。

 当社には、トレーナーが新卒のトレーニーと組んで業務を教えるプログラムがあります。もともとトレーナーには、週1回、15分でもよいのでトレーニーとの面談を行い、彼らの変化を見てもらうようにしていましたが、あるトレーナーはコロナ禍の状況をおもんぱかって、自発的に毎日5分という短い時間で、頻度を刻んで面談を行うようにしていました。この話を聞いて社員を頼もしく思ったと同時に、この特集で語られていた、つながりの重要性を改めて確信したものです。

 また当社では、2020年6月から出社日とリモートの日を明確に曜日で定めています。感染予防などは行なったうえで、原則として全社員が同じ曜日に出社するようにしているのですが、これは「まだらリモート」が社員のつながりをつくるのに一番望ましくない働き方だと考えてのことでした。

 たとえば、入社1年目の社員が、マネジャーに会えると思って出社したのに会えなかったとしたらどうでしょう。人とのつながりを期待して行動したのに思い通りにならなければ、ショックは大きいものです。職場の孤独に対処するには、こうした組織全体としての仕組みづくりも重要ではないでしょうか。

社員を幸福する環境を俊敏につくる

 最後に紹介するのは、DHBR2018年7月号の特集「アジャイル人事」です。人事業務はこれまで管理の視点で見られることが多く、ルールや計画に基づく手法が一般的でした。それに対し、事業環境の目まぐるしい変化に対応するために、柔軟性を持って俊敏に人事業務や組織変革を行うのがアジャイル人事です。

 人事をアジャイル化させる中で、特に私は「社員を幸福する環境を、いかに俊敏につくるか」を大事にしたいと考えています。

 私たち人事は、2020年10月から「デジットグロース」というスローガンを掲げて変革に取り組んでいます。「digit」(デジット)とは、「digital」(デジタル)のもとになっている単語で、「数」や「桁」という意味があります。つまり、桁違いの人の成長と、日本で一番数字やデータに強い人事を目指すことが目標です。

 以前は、人事においてデジタル化やデータ活用はあまり進んでいませんでしたが、コロナ禍でペーパーレス化などを進めた結果、データを活用してすばやく判断するアジャイル人事の考え方を取り込むようになりました。

 社員が書類を書く、経費精算をするといった作業時間をデジタル化によって減らし、本業に集中できる環境を用意することも、人事にとって重要な仕事です。そうした仕事を進める中では、この特集から得た「人事は社員の感情に寄り添うことが大事」という学びが生きています。

 仕事で幸福をつかむためには、EI(感情的知性)またはEQ(心の知能指数)が影響します。私は「感情マネジメント」と呼んでいるのですが、いまや人事にもデータを活用したマーケティングやプロモーションの考え方が入ってきています。

 その際に大切なのは、人事をマーケティングやプロモーションのような理論として語ることではなく、「一人の人にどう動いてもらうか」という視点です。顔を知っている社員が対象か、直接会えない消費者が対象かという違いはありますが、一人の人を動かすという点では、プロモーションや広告も人事も全く変わりません。人事にもこうした他の領域の考え方が入ることで、ますます人や組織の成長に生かしていきたいと考えています。

 ここまで、いくつかの記事や論文、特集を紹介してきましたが、私がDHBRの読み方としてお勧めしたいのは、何か論文を読んで面白いと感じたら、小さくて良いので1つ真似をしてみることです。最も良いのは、DHBRの論文から学んだことを何か試してみる、明日の会議や仕事で実践することですが、これはそう簡単ではないでしょう。

 そこで私がいつもやっているのが、SNSでの発信です。学んだ言葉や面白かった言葉を書くことを通して、まず自分の脳で解釈します。文字にすると、自分の手を動かすことになるので、記憶としても定着しやすくなります。そして発信する際は、文章に編集が必要ですから、学びに対する自分の考えをまとめることにもなります。

 これを月に1回、年間で12回続けていれば、適当に読み流している人よりも明らかにパフォーマンスは向上しているはずです。