『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の最新2022年8月号は「できる人が辞める会社 活きる会社」です。米国ではいま自主的な退職が相次ぐ現象から、「大離職時代」(グレート・レジグネーション)とも呼ばれています。これは米国に限った話ではありません。才能やスキルのある有能な人材をいかにつなぎ留め、そして活かすのか、考え直すタイミングを迎えています。

大退職時代の到来
「できる人」をいかにつなぎ留めるのか

 コロナ禍をきっかけに、米国では自発的に会社を辞めた人の数が記録的な水準に達しています。

 米労働統計局によれば、その数は2021年に約4700万人に及び、いまもその勢いが続いています。この現象は「大退職時代」(グレート・レジグネーション)と呼ばれ、特に中堅社員の離職が経営に大きなインパクトを与えています。

 今号の特集「できる人が辞める会社 活きる会社」では、大退職時代の人材流出をテーマに、有能な社員をつなぎ留める方法に迫りました。

 第1論文は、ADPリサーチインスティテュートのマーカス・バッキンガムによる「従業員が仕事に愛情を持てる職場をつくる」です。

 同社の5万人規模の最新調査からは、福利厚生や人事の仕組みよりも、仕事の中身そのものへの愛情が持てるような職場環境づくりが必要だと明らかになりました。そこから、筆者は最高の人材を引き留めるための3つのポイントを紹介します。

 第2論文は「スター人材をつなぎ留める3つの原則」です。稀少な才能やスキルを持った「スター人材」は、時に高い待遇を望むためにその扱いが難しいものです。しかしながら、リーダーが対応を誤ると、スター人材はすぐに競合に引き抜かれ、多大な損失につながりかねません。

 筆者は、自身の体験やアメリカンフットボール選手の事例を引き合いに、スター人材のマネジメントにおいて大切なのは、報酬よりも「自分が特別だと感じられること」だと述べます。

 「S字カーブ」は、新しいアイデアや技術が普及する様子を示す理論として知られています。当初はなかなか普及しないものの、その時期を乗り越えると急速に広まり、あるポイントに到達したら普及速度が再び緩やかになるという考え方です。

 この理論を個人の成長に当てはめ、組織マネジメントに活用したのが、第3論文の「従業員のキャリア開発をチームと組織の成長につなげる方法」です。「学習のS字カーブ」による人材管理は離職の防止にも役立ちます。

 4本目は「『大退職時代』の真実」と題した論考集です。ハーバード・ビジネス・スクールの教授らによる、大退職時代をめぐる3つの記事をまとめました。

 本論考集では、パンデミックが労働市場にもたらした本質的な変化をとらえます。さらにキャリアや私生活に対する考え方の変化から、個人としてもパーパス(存在意義)を見つめ直すタイミングが来ていると言います。

 さて、ここまでで「大退職時代は日本に関係ないのではないか」と感じる読者もいることでしょう。ですが、この傾向は景気動向や社会慣習というよりも人々の価値観の急速な変化であるため、日本でも十分に起きうるのです。

 たとえばソニーグループはすでに手を打っています。安部和志・執行役専務による第5論文「ソニーは挑戦の場を与えて『個』の成長を実現する」では、共通の価値観としてのパーパスを設定したうえで、社員の「個」を尊重し、挑戦と成長を支援するという人事戦略を紹介します。

 目指すのは、社員のエンゲージメント向上です。社員と企業が対等な関係であるという前提の下、ともに成長を目指す関係を築いたことで、圧倒的な競争力につなげています。

 大退職時代は、対岸の火事ではありません。ひょっとしたら、「できる人材」が理由もわからず他社に流れてはいないでしょうか。

 そうした人材をつなぎ留め、そして活かすためには、仕事に愛着を持てるような環境をつくり、その成長曲線を見届けながら、特別感を与えるようなマネジメントが求められているのです。

(編集長・小島健志)