スーパーバイアス:短絡的思考を促す仕組み

 システム的な要因よりも個人レベルの要因に注目しがちなのは、人類に共通する認知上の欠陥が一因かもしれない。それは、相手を判断する際に、状況や環境の要因を無視して、人の行動を主にその人の性格(気質や能力、タイプ)によって説明しようとする(その従業員は過労ではなく無責任であるなどの)認知バイアスとして現れ、「根本的な帰属の誤り」、または「属性バイアス」と呼ばれている。

 同じく「集団の帰属の誤り」によって、自分とは異なる社会集団に対する見方が偏ることがある。その結果、他集団のメンバーの行動を、状況や環境ではなく、内面的なものに帰着させようとする。たとえば、女性が交渉を避けるのは交渉スキルがないからだと考えている人が多いが、実際には、交渉した場合の反動、つまり「女性は優しくあるべきだ」というジェンダー規範に反することへの社会的なペナルティを懸念して、躊躇している可能性がある。

 「根本的な帰属の誤り」と「集団の帰属の誤り」は、人が状況やシステムの影響を過小評価する傾向があることを表し、性格を重視するこのスーパーバイアスによって、人はシステムの対策よりも個人への対策を好む傾向がある。

 なお、「スーパーバイアス」とは、「根本的な帰属の誤り」や「集団の帰属の誤り」と重複する一連の概念を表すさまざまな用語の総称として筆者が考えた造語である。つまり、個人を判断する際の「属性バイアス」や「対応バイアス」、集団を判断する際の「究極の帰属のエラー」や「内集団バイアス」などを含んでいる。

 では、このような思考パターンはどこから生まれるのだろうか。さまざまな研究によると、文化として身についたものの影響が大きいようだ。しかし、認知的な違いの一部は、遺伝によっても生じる可能性がある。神経回路と文化、つまり生まれと育ちのどちらも人の認知や認識に影響を与え、個別重視と状況重視という考え方の傾向を生み出しているのだ。

 ここで重要なのは、傾向があるからといって、一方の考え方しかできないわけではない、ということである。利き手と同じように、どちらかの考え方のほうが、より楽で自然に感じるだけなのだ。

 一部の研究者によれば、人は2段階のプロセスを踏んで、他人を判断しているという。最初のステップは簡単に自動的に行い、2つ目のステップは厳しく慎重に行う。ストレスや時間的なプレッシャーなどの状況要因があると、相手の行動と相手の性格を結びつけるという最初の簡単なステップは踏むが、相手の置かれた状況を分析するという2番目の厳しいステップは踏まない傾向が強くなる。

 人の思考形成に影響を与える3つの要素について、さらに掘り下げてみよう。

育ち

 非西洋社会や集団主義社会で育った人々は、「あの人は親切だから」など、他人の行動とその人個人の性格を結びつけることは少ない。むしろ、「あの人は友だちと一緒だったから」というような集団レベルの影響に注目することが多い。

 集団主義文化圏の人々は、人や物事を判断する際、一般的に状況を気にする。たとえば、東アジアの被験者は、欧米の被験者に比べて、映像の背景をよく見て記憶しており、欧米人は中心人物に注目して、背景を無視したり、忘れたりする傾向が見られた。また、同じ社会の中でも、社会経済的に低い階級の出身者ほど相互依存的な考え方をし、裕福な人ほど個人のコントロール感を重視していた。 

生まれ

 思考パターンは、神経回路の影響も受ける。脳の活性化に関わる個人レベルの神経学的な差異は、「根本的な帰属の誤り」の傾向に関係している。たとえば、一部の研究では、自閉症の人はシステム思考をする傾向があり、バイアスの影響を受けにくく、集団における人間の行動をより正確に予測することができるとしている。

状況

 ストレスの多い環境では、短絡的思考(メンタルショートカット)に陥りやすくなる。たとえば、欧米の被験者は、ストレス下に置かれると、法律事件を審査する際に、軽減事由を無視し、「根本的な帰属の誤り」を犯す傾向が強かった。

 多文化の人々は、環境的な要因によって、状況重視の考え方が強くなったり弱くなったりする。これが見られたのは、香港のバイリンガル、バイカルチュラルの人を対象に行った実験で、被験者は、国旗などの文化的シンボルに反応して、伝統的な中国の思考・知覚パターンと、伝統的な西洋の思考・知覚パターンとを切り替えていた。西洋のシンボルを見せられた被験者は、性格の影響を重視する傾向が強まった。

 「根本的な帰属の誤り」や「集団の帰属の誤り」といった傾向を含む人の思考の形成に、グローバルな多様性、社会経済的・経験的多様性、脳の多様性(ニューロダイバーシティ)が影響していることが明らかになっている。そして人間の思考の癖は、職場を形づくる。結果として、一つの支配的な考え方に縛られる環境を生み出すこともある。だが、一つの支配的な考え方は、偏った意思決定につながるため、このような傾向を防ぐことが重要だ。