包括的な柔軟性は持続可能性と公正さを支える
 包括的な柔軟性は、生産性の向上につながると同時に、従業員のエンパワーメント、責任感、エンゲージメントを高めることで、職場に改革をもたらす可能性を秘めている。また、包摂性と公正にとっても不可欠である。
 包括的な柔軟性は、以下のようにアイデンティティのさまざまな側面をサポートしている。
・身体障害:在宅勤務は、障害者の雇用率向上に貢献した。オフィス復帰の義務化は、こうしたメリットと障害者の包摂を脅かすものである。同時に、世界中で少なくとも6500万人が新型コロナウイルス感染症の後遺症を抱えており、柔軟な働き方を必要としている。通常、優遇を受けるには情報の開示が必要であるが、現在、およそ5人に3人が差別を恐れて職場で障害を隠している。柔軟性を標準化することによって、開示の負担は軽減される。
・発達障害:場所の柔軟性は、発達障害の人の劇的な排除と極端に高い失業率に対処する上で効果的である。「能力の凹凸」という特性を持つ発達障害の人も、「強みに基づく働き方」によって受けるメリットは特に大きい。
・社会経済的地位:リモートワークは低所得者に極めて大きな利益をもたらしている。それはデスクワークに限らない。小売業や医療を含むさまざまなタイプの最前線の労働者にも利益を広げる方法がある。
・ジェンダー:職場の柔軟性には、男女平等を後押しし、キャリアアップの格差に対処し、指導的立場にある女性の数を増加させる力がある。
・人種:柔軟な働き方は、反人種差別である。黒人の従業員は、白人の従業員よりも在宅勤務の継続を望む傾向があり、在宅勤務は有色人種の仕事のストレス軽減に役立っているという調査結果もある。
・介護:親、妊産婦、介護者はみんな、柔軟な働き方によって大きな恩恵を受けている。
 地球にも恩恵がある。在宅勤務が可能な従業員の通勤を減らすことが環境保護につながる、というのがリモートワークに関する従業員アクティビズムの主眼である。
 結局、「強みに基づく柔軟な働き方」は、経済、人間、環境の持続可能性を支えるものである。人間の健康、持続可能性、生産性を支える、人に合ったよい仕事を創造することは、企業の社会的責任の一つである。

変革をリードする

 柔軟な働き方には明らかなメリットがあるにもかかわらず、多くの経営者は、生産性、企業文化、コラボレーションの低下を懸念し、柔軟な勤務形態の導入に抵抗を示している。

 強みに基づく柔軟な働き方への移行を成功させるには、リーダーシップへの新たなアプローチが必要となる。そのための新しいスキルと考え方を身につける方法は、以下の通りである。

公平性に重点を置く

 平等と公平という概念はしばしば混同されがちだが、両者は別物である。

 人はそれぞれ異なり、平等に成功の機会を提供するためには、公平性、つまりそれぞれのニーズに合った方法でサポートし、それぞれが最も効果的に働けるようなツールを提供することが必要である。左利きの人は、一般的に左利き用の道具を使ったほうがより多くのことを成し遂げられる。背が特に高い人や低い人は、最適なパフォーマンスを発揮するために異なる物理的な環境が必要だ。全員に右利き用の道具や標準的な高さの家具を使うことを求めるのは、平等かもしれないが、非生産的であり、公平ではない。

 持っている強みが違えば、通常、楽しいと感じる仕事も異なる。たとえば、ディープワークを好み、騒音が苦手というような、感覚過敏な従業員をサポートするには、自宅やプライベートな空間でできる仕事を多く割り当てるとよいだろう。反対に、じっとしているのが苦手で、新しい体験を希望する社交性の高い従業員には、現場での仕事を多く割り当てるとよいだろう。

オープンなコミュニケーションと帰属意識をサポートする

 職場が心理的に安全な環境でなければ、相互に利益のある方法で従業員の強みを活かすことはできない。心理的安全性とは、自分の考えや疑問、懸念を表明しても非難されることがないとわかっていることである。その人らしさと帰属意識が共存する環境をつくることは、違いを認め、さまざまなコミュニケーション方法や貢献、ワークスタイルを肯定することである。チームメンバー全員の潜在能力を最大限に引き出し、健全な企業文化を創造するためには、全員に敬意と尊厳を持って接することが不可欠である。

チームでジョブクラフティングを行う

 多くの経営者は、退屈な仕事やストレスの多い仕事をしたがる人はいないと心配する。しかし、レモンツリーの例が示すように、平均的な人を雇おうとするのではなく、あらゆる多様性を受け入れるということは、一般的に退屈だとされる仕事を予測可能で安心できる仕事だと受け止め、一般的にストレスが多いとされる仕事にわくわくする誰かがいるということである。

 ジョブクラフティングをチームとして行えば、チームのメンバーが互いに補完し合える強みを持っている可能性が高い。チームとリーダーが一緒に仕事をつくり上げれば「やりたくない」タスクも片付き、個人の目標も組織の目標も達成できるようになる。

管理職の育成と支援

 最後に、「柔軟性と配慮を持って従業員をサポートしながら、結果を確実に出す」ことは、必ずしも管理職にとって過度な要求ではない。臨床医にとっては当たり前のことだが、燃え尽きずに他者をサポートできるように上司を訓練するとよいだろう。

 また、臨床心理士や「職場のウェルネス」の専門家といったスペシャリストと連携し、管理職や従業員の感情的なニーズのケア、ストレス軽減のサポートを得るのもよいだろう。強みに基づく対策として、共同リーダーシップはいかがだろうか。複数のマネジャーがそれぞれ得意とする役割を補完的に担うのである。システムに目を遣ると、管理職の仕事量を含め、現実的な仕事量にするための組織編成が必要である。

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 人は、自分にとって最適な働き方ができるようサポートされている時に、最高の仕事ができる。それが起こるのは、存在もしない「平均的な労働者」ではなく、企業が多様な人々をありのままにサポートしている時である。発達障害や身体障害のある従業員とともに繁栄している企業が証明しているように、幅広い人材を受け入れることは可能である。すべての労働者が強みと柔軟性の接点を見出せるよう支援することで、ポストコロナの新しい日常においてウイン・ウインの関係を築くことができるのだ。

本稿(原文)では、自閉症や障害者のコミュニティが選好するアイデンティティ・ファースト・ランゲージ(その人の病名や不自由な箇所を先に記す)に従った。


"The Radical Promise of Truly Flexible Work," HBR.org, August 15, 2023.