経済に永続的な影響は生じるのか

 この問いに答えるためには、公衆衛生上の危機が経済に波及するメカニズムを知る必要がある。

 リセッションの類型を知ることにより、ウイルスが経済のどの部分に打撃を及ぼすかがわかるとすれば、波及メカニズムの類型を知ることには、ウイルスが経済をどのように影響下に置くかを明らかにするという意義がある。波及メカニズムが違えば、どのような影響が生じ、どのような対策を取るべきかも違ってくる。

 波及メカニズムには、以下の3つがある。

 ●消費者マインドへの間接的な打撃(資産効果)

 外的ショックが実体経済に波及する典型的な経路は、金融市場、さらには金融システム全般である。金融が経済に打撃を生むようになるのだ。

 マーケットが下落し、家計の資産が縮小すると、世帯貯蓄率が上昇し、その結果として消費が落ち込む。このメカニズムは、きわめて大きな影響を生む場合がある。米国などの先進国は世帯の株式保有が多いため、とりわけその傾向が強い。それでも、このタイプの打撃が現実に生じるのは、相場が急激に下落し(調整局面とは呼べないくらい激しい下落でなくてはならない)、その状態が長く続く場合だけだ。

 ●消費者マインドへの直接的な打撃

 消費者マインドは金融市場のパフォーマンスと強い相関関係があるが、長期のデータを見ると、相場が上昇していても消費者マインドが悪化する場合はある。今回もそうなる可能性がある。新型コロナウイルス感染症の影響により、消費者があまり外出しなくなったり、支出を切り詰めたり、将来に対して悲観的になったりするからだ。

 ●供給サイドのショック

 以上の2つは需要サイドのショックだが、感染症の流行が供給面に混乱を生むことにより、危機が経済に波及する場合もある。新型コロナウイルス問題により工場が操業を停止し、重要な部品の供給がストップすれば、やがて生産が止まり、雇用が失われかねない。

 だが、国や業種による違いが大きいものの、米国経済の場合、危機が長く続かなければ大きな影響は生じない。したがって、供給サイドのショックは需要サイドのショックほど大きくないと、私たちは考えている。

 ほとんどの場合、リセッションは景気循環的な現象であって、構造的な問題ではない。しかし、両者の境界はときに曖昧だ。

 たとえば、2008年の世界金融危機は、米国経済にとって(きわめて深刻なものだったとはいえ)あくまでも景気循環的な現象だったが、経済に構造的なダメージも及ぼした。その後、景気は回復したが、世帯が借入れを減らす流れは定着した感がある。世帯の借入れ能力(と借入れへ意欲)は構造的に減退している。それに伴い、当局が短期金利を操作しても、景気循環のサイクルを動かしにくいという構造的問題が出現した。

 新型コロナウイルスは、経済に構造的な変化をもたらすのだろうか。歴史を見る限り、大規模な危機のあと、グローバル経済はさまざまな面で、それ以前とは大きく変わる蓋然性が高い。

 ●ミクロ経済面の影響

 疫病のような危機は、新しいテクノロジーやビジネスモデルの採用を後押しする場合がある。中国の消費者の間でオンラインショッピングを普及させ、それが中国のeコマース大手アリババの台頭を加速させたのは、SARS危機だったと言われることが多い。

 新型コロナウイルス問題では、すでに日本などで学校が休校になっている。米国やその他の国で同様の措置が取られても不思議でない。もしかすると、これをきっかけにオンライン教育が一挙に広まる可能性もある。また、中国の武漢では、スマートフォンの位置情報を活用して感染の封じ込めが試みられている。今後、これが公衆衛生政策の新しい手法として広まるのだろうか。

 ●マクロ経済面の影響

 今回の危機により、グローバルなバリューチェーンの分散化がいっそう加速しそうだ。2016年以降、そのトレンドを後押ししていた政治的・制度的要因に、ここにきて生物学的要因も加わったと言えるだろう。

 ●政治的影響

 政治的影響も無視できない。新型コロナウイルス感染症は、各国の政治システムがどのくらい国民を守れるのかという試金石になっている。頼りない政治システムの力不足が露呈し、政治的変化の引き金が引かれる可能性がある。

 危機の持続期間と深刻さの度合い次第では、米国大統領選挙の帰趨にも影響が及ぶかもしれない。世界レベルでは、今回の危機をきっかけに多国間協力の必要性が高まった半面、米国と中国という国際政治の2つの大国の溝はむしろ広がるだろう。