コロナ禍によって打ち破られた「体験の壁」

── ヘルスケア産業が伸びることは当然ですが、具体的にはどういった分野でしょうか。

 今回の感染拡大で、公衆衛生や健康維持にまつわる市民意識が大きく向上しました。それに伴なって遠隔問診、遠隔医療、医薬品ECなど、ICTソリューションやAI技術を組み合わせたオンラインヘルスケアサービスが激増しています。「健康意識」について重要な点は、「人々の健康に対するモチベーション」と「個人情報の提供にともなうリスク許容度」が、どちらも大きく上がったことです。健康の大切さは誰でも知識として知っていますが、それだけでは健康な人は健康維持のためにお金を払いません。ところが新型コロナウイルスの感染リスクに直面したことで、自分の健康状態をモニタリングしてデータ化することの大切さを多くの人が実感し、同時にそれらのデータを外部に提供することにも抵抗がなくなっているのです。中国の平安保険が運営するオンライン問診サービス「平安グッドドクター」は、こうしたユーザー心理を捉え、膨大なデータを集めることで、保険や健康診断などさまざまなビジネスを広げています。

 これまでの話全てに共通することですが、人は頭で理解することだけでは行動を変えることはできません。しかし一度でも体験してしまえば、続けるのはさほど苦にならない。この「体感の壁」を、コロナ禍がさまざまな場面で崩しているのです。

── かつて時期尚早として実現に至らなかった新規事業を洗い直せば、今なら「体験の壁」を越え、実現できそうなものが見つかるかもしれません。

 その可能性は大いにありますね。今日、デジタルを「強制体験」した人が世界中に広がっている。時代に先行し過ぎていたアイデアを試すなら、今が好機かと思います。そして、もう一つ新規事業を後押しする要素があります。以前、アクセンチュアで「大企業における新規事業の敵」について調査したことがあるのですが、実は新規事業推進における最大の障壁は、競合他社でも規制でもなく「既存ビジネスの寿命」でした。既存ビジネスが存続すると見ると、確定した収益が不確実な未来への不安を増幅させ、未来の不確実性を「やらない理由」に変換して新規事業を先延ばしにしてしまう。しかし、コロナ禍による大きなパラダイムシフトがグローバルで起きつつある今、そうした考えはもう通用しないでしょう。ある意味で、退路が断たれたことを、前へ進むための推進力に変換する必要があります。

── 最後に、経営者の方へのメッセージをお願いいたします。

 コロナによって、歴史が大きく進むことは間違いないでしょう。歴史を進ませる要素は、購買、サービス、コミュニケーション、健康、労働まで広い範囲に渡って世界中の人々が行った「デジタルの体験」です。デジタルを体験した人々がもたらす社会変化を先んじて捉え、この危機から事業機会を見出して欲しいと思います。

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