部下に息苦しい思いをさせる行動を取る
景気後退の声が広がり始めると、多くのリーダーが真っ先に取る行動は、みずから直接現場に出向いて、関与しようとすることだ。そのために、会議の回数を増やし、部下に何度も報告させ、会話のたびに細かいところまで確認しようとする。
このような反応自体は、いたって自然なものだ。リーダーとしては、現場で何が起きているかを把握し、問題の解決策を見出すプロセスに加わりたいと考えている。さらに、チームが正しい方向へと進み、問題解決のために適切な行動を取っていることを確認したいと思うだろう。
しかし、心理学の観点からは、現場に関わりたいという欲求は、物事をコントロールしたいという欲求にほかならない場合が多い。リーダーが現場に関わることはリスクを伴う行動であり、それは諸刃の剣になる。
コロナ禍の経験を経て、人々はこれまでに比べて監視の少ない環境で、独立性を持って働くことに慣れている。上司が部下を近くで見張ろうとすることで部下は「上司に信用されておらず、権限を奪い取られている」と感じてしまうかもしれない。また、メンバーは本来やるべき仕事を行うことよりも、上司の関心を買うことに血道を上げるようになっても不思議でない。その結果、メンバーに刺激を与えるのではなく、息苦しさを感じさせるおそれがある。
さらに、現場に関わりすぎるリーダーは、細かなことに忙殺されて、マイクロマネジメントの落とし穴にはまる。最悪なのは、部下よりも自分がやったほうがうまくいくと考えた上司が、正式に部下の仕事を奪ってしまうことだ。
たとえば、筆者が間近で見ていた金融機関では、ある大口顧客を失いそうな状況に業を煮やしたトップリーダーが、部下とその顧客の商談の場に乗り込んだことがあった。その時は、場が一瞬静まり返った。トップリーダーは、息を切らせ、額から汗をたらし、興奮した様子で、部下と顧客のやり取りに目を光らせた。この人物は後から、「
しかし、これは裏目に出た。結局、この金融機関は大口顧客を失った。「とげとげしく、未熟で、冷静さを欠いた雰囲気に、顧客が好ましい印象を抱かなかった」というのが理由である。担当チームは解散になり、優秀なメンバーは会社を去っていった。
リーダーが現場に関わろうとすることには、もっともな理由もある。現場の状況をきちんと理解したうえで地に足の着いた判断を下したい、あるいは自分が最前線に姿を見せることでメンバーを支える姿勢を印象付けたいといった考え方は、たしかに理にかなっている。
しかし、忘れてはならない。リーダーが現場に関わる目的は、あくまでもメンバーのモチベーションを高め、エネルギーを注入し、支援することにある。メンバーをコントロールしたり、エンゲージメントを弱めたり、心に疑念を植え付けたりすることがあってはならない。
バランスの取れたアプローチを取るには、言ってみれば「タッチ・アンド・ゴー」を実践すればよい。目の前の課題に関してメンバーと話はするが、それ以上深入りはしない。メンバーの仕事を奪って、自分で引き受けることはせず、すぐに立ち去るのである。
自分自身が適切な態度を取れているかどうかを確認したければ、チームの代わりに解決すべき課題リストを抱え込んでいないかどうかに注意を払うのがよいだろう。課題リストを把握しているのはチームメンバーであり、彼らが問題解決の主役なのだと再確認することが重要だ。
リーダーが現場に近づくのは構わない。しかし、長居をしてはならない。あらかじめ出口戦略を明確に持っておくことが欠かせない。十分に現場を見た後は、部下に権限を返却することを忘れてはならない。