『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2019年2月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のテレサ・アマビール氏です。

化学の分析手法を社会心理学に応用する
テレサ・アマビール(Teresa M. Amabile)は1950年にニューヨーク州バッファローで生まれ、現在68歳。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のベーカー財団およびエドセル・ブライアント・フォード記念講座名誉教授である。HBSでは起業家マネジメント・ユニットに所属し、組織の創造性や組織人のモチベーション、組織革新に関するマネジメントのあり方を社会心理学の面から研究してきた。これまでに、HBS上級副学長や起業家マネジメント・ユニットの主任教授を務めている。
アマビールは、地元バッファローのカトリック系大学として著名なカニシャス・カレッジで化学を専攻し、1972年に最優秀(summa cum laude)の成績で卒業した。その後、スタンフォード大学に進学すると心理学を専攻し、1975年に心理学の修士号、1977には博士号を授与された。同年、ボストンにあるブランダイス大学の助教授として採用され、1984年に准教授、1990年にはテニュア資格の教授となった。
1992年からHBSの非常勤講師として「ヒューマン・リソース・マネジメント」の科目を担当していたが、1995年に請われてHBSに移ると、エドセル・ブライアント・フォード記念講座教授に就任。HBSでは「ヒューマン・リソース・マネジメント」の他に「創造性のためのマネジメント(Managing for Creativity)」科目を開講し、担当した。
アマビールは大学で化学を、大学院では社会心理学を専攻した。どちらの学問も科学的な発想に基づく実験的手法で研究を行うが、アマビールの研究に行動科学的な特徴が見られるのは、この理由による。
アマビールは、被験者の行動や認識、さらに定量となるスコアを記入した日誌調査と面接調査によって、化学研究者のように丹念に被験者の行動とその効果を観察する。そして、定性分析と定量分析を繰り返すことで、客観的に結論を導き出す。その成果は、たとえば、スタンフォード大学の博士課程の研究成果である指導教員との共著、“Effects of Externally-Imposed Deadlines on Subsequent Intrinsic Motivation,” with M. R. Lepper, Journal of Personality and Social Psychology, July 1976.(内因的なモチベーションにおける外因的な時間的制約の影響について)として著された。
アマビールには1980年代の研究の、Growing Up Creative, 1989.(未訳)に代表されるように、一般社会、特に子どもの創造性を発達させるために社会や家庭環境はどうあるべきか、という問題意識が根底にあった。同書では、両親や教師へのインタビュー、子どもの観察など丹念な調査を通して、子どもの創造性は生まれながらの才能で決まるものではなく、子どもにモチベーションを植えつけることがまず重要であると指摘している。
組織の創造性は何が生み出すのか
アマビールが、組織の中の個人や、組織としての創造性に着目して研究を始めたのは1990年代以降である。“How to Kill Creativity?” HBR, September-October 1998.(邦訳「あなたは組織の創造性を殺していないか」DHBR1999年5月号)は、HBSに移ったアマビールが、『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に寄稿した最初の論文である。
アマビールによる創造性の定義は、独創的で巧みな発想だけでなく、品質の向上やプロセスの革新のように実行可能で利便性がある発想も含まれるとしている。創造性は、専門性(expertise)と創造的思考、さらに動機となるモチベーションの3つの要素で構成される。
モチベーションについては、フレデリック・ハーズバーグが、“One More Time: How Do You Motivate Your Employees?” HBR, January-February 1968.(邦訳「モチベーションとは何か」DHBR2003年4月号)で「二要因理論」を提唱したように、モチベーションは「衛生要因」と「動機付け要因」の2種類がある。アマビールは、モチベーションを金銭的報酬や昇進、待遇などの外因的なモチベーションと、興味や情熱、関心への挑戦などの内因的なモチベーションに区別したうえで、創造性を導くのは外因的なモチベーションではなく、むしろ内因的なモチベーションである、とした。
アマビールは、どのような組織が創造性を向上させ、どのような組織が創造性を殺してしまうのか、という問題意識に基づき、創造的なプロジェクトに携わる複数のチーム組織を対象に、日々の業務の遂行状況に関する日誌調査を敢行し、その要因の分析を試みた。その分析結果によれば、創造性を発揮できているチームは、プロジェクトの目標が明確に設定され、マネジメントが権限を委譲しており、チームメンバーの多様性が見られた。一方、創造性を発揮できていないチームでは、マネジメントによる目標の頻繁な変更や目標達成プロセスへの干渉、部下の裁量への干渉、批判的に評価する姿勢などが見られたという。
ただし、創造性を殺す状況にある組織であっても、立ち直ることは可能である。組織の創造性を向上させるには、マネジメントの意識やマネジメントと従業員との相互関係の本質的な変革が必要であり、そのためには企業文化や組織風土を革新しなければならない。アマビールは、たとえ組織の創造性が保たれている組織であっても、マネジメントは組織の創造性を殺す要因が生まれないか、たえず注意を払わなければならないと主張する。
アマビールはまた、個人の創造性と時間的なプレッシャーの影響にも着目した。目標達成のタイミングや締め切りが近づくような時間的プレッシャーがある場合、創造的なアイデアがひらめくこともあるし、かえってストレスが高まり、仕事へのやる気をなくしてプロジェクトが失敗してしまう場合も少なくない。
そこで、“Creative Under the Gun,” with Constance N. Hadley and Steven J. Kramer, HBR, August 2002.(邦訳「時間的制約は創造性を高められるか」DHBR2003年1月号)では、時間的なプレッシャーを与える影響をマネジメントが理解し、時間的なプレッシャーがもたらす悪影響を最小限に抑えるように上手くコントロールすることで、組織メンバーの創造性を促進する方法を提言している。
知識労働者のパフォーマンスを決める「インナー・ワーク・ライフ」
ピーター F. ドラッカーはかつて、知識労働者に着目し、“The New Productivity Challenge,” HBR, November-December 1991.(邦訳「知識労働とサービス労働の生産性」初出DHBR1992年3月号、再掲DHBR2017年7月号)を発表した。同論文では、知識労働者の生産性の向上に取り組むことが今日の知識社会の不可欠あり、その方法を提言した。
ドラッカーは知識労働者として「研究活動を行う科学者や心臓外科から、製図工、商店の店長」などの職種を定義し、知識労働は資本投資によって置き換えることのできない存在であるとして、生産性向上のための新たなマネジメントあり方を論じた。アマビールは、26のプロジェクトチームに属する238人の知識労働者を対象に4ヵ月間の日誌分析をもとに、“Inner Work Life: Understanding the Subtext of Business Performance,” with Steven J. Kramer, HBR, May 2007.(邦訳「知識労働者のモチベーション心理学」DHBR2008年3月号)を寄稿した。
アマビールは同論文で、マネジメントが知識労働者のパフォーマンスを決定づける重要な要因とは、各人が内面に抱きながら、複雑に絶えず変化している「認識」「感情」「モチベーション」からなる「インナー・ワーク・ライフ」(個人的職務体験)であること明らかにした。調査ではさらに、外因的なプレシャーや金銭的報酬ではなく、興味や楽しさ、満足感、仕事のやりがいなどの内因的なモチベーションとパフォーマンスとの相関関係が見出され、そのモチベーションが高いほど創造的に働く傾向があり、生産性、仕事の意欲、チームワークへの貢献において高いパフォーマンスを示された。
アマビールは同調査に基づく分析をさらに深めて “The Power of Small Wins,” with Seven J. Kramer, HBR, May 2011.(邦訳「進捗の法則」DHBR2012年2月号)を寄稿した。
同論文では、知識労働者のインナー・ワーク・ライフを高めた要因は「有意義な仕事がはかどる進捗の状況」にあることを突き止め、進捗を感じる頻度が増えるほど、創造的な仕事の生産性が高まる「進捗の法則」を明らかにした。マネジメントは一般に、知識労働者の意欲を高める要因を「優れた仕事に対する評価」「目に見えるインセンティブ」「対人関係」「明確な目標の提示」と認識している場合が多い。しかし実際には、「仕事の進捗を評価」することがマネジメンの要諦である、とした。
アマビールは具体的に、マネジメントが知識労働者のインナー・ワーク・ライフに影響を与え、創造性を高めるには、知識労働者による適切な資源と時間、具体的な目標の設定、わずかな進捗をも評価し、励ますことで良好な人間関係を構築すること、また人間として尊重することが重要であるとして、マネジメントの行動が知識労働者のパフォーマンスに好循環を与えることを指摘している。
なお、これら2つの論文の内容は、スティーブン J. クレイマーとの共著で、The Progress Principle, 2011.(邦訳『マネジャーの最も大切な仕事』英治出版、2017年)として上梓している。
組織の創造性を高めるマネジメントの役割とは
アマビールは2007年12月、自身がファカルティチェアとなり、「創造性、起業家精神、組織の未来(Creativity, Entrepreneurship, and Organizations of the Future)」をテーマとする2日間のセミナーをHBSで開催した。
イノベーション主導型経済に変容しつつある世界において、いかなる企業にとっても、創造性を発揮できることが競争優位性や成長性に必要な要素となっている。同セミナーでは、ノバルティス、グーグル、IDEOなど創造性の高い企業のビジネスリーダーに加えて、クレイトン・クリステンセンやロバート・サットンなど、イノベーションを専門とする研究者が参加し、創造的プロセスにおけるマネジメントの役割を考察した。
組織による創造性の発揮に関する白熱した議論では当初、マネジメントは創造的プロセスの管理をいっさいすべきではない、という主張があった。しかし、創造的プロセスにもビジネスリーダーが果たすべき役割があり、マネジメントは創造性を管理するのではなく「創造性を発揮させるために管理する」ことが重要であるという見解に至った。
アマビールはその後、“Creativity and the Role of the Leader,” with Mukti Khaire, HBR, October 2008.(邦訳「『創造する組織』のリーダーシップ」DHBR2009年2月号)を寄稿し、セミナーでの最終的なコンセンサスである「創造性を発揮させるために管理する」という結論に基づいて「創造性マネジメントの心得」をまとめた。
アマビールが説く創造性マネジメントの心得とは、組織の創造性を強化したければ、マネジメントは、(1)あらゆる階層からアイデアを引き出す、(2)コラボレーションを奨励し実現させる、(3)多様な視点を歓迎するオープン組織をつくる、(4)創造的な仕事の各段階を発揮させる、(5)商品化プロセスを管理する、(6)官僚主義を排除する、(7)アイデアを取捨選択する仕組みをつくる、(8)知的好奇心をくすぐる挑戦を課す、(9)情熱を傾けられるようにする、(10)失敗は当たり前であることを認める、である。
昨今、いわゆる「コラボレーション型支援」組織が注目を浴びている。創造性に卓越した企業では実際、同僚同士が当然のように助け合い、職務の分担に止まらず、アイデアの交換、経験や専門性を提供が行われている。
アマビールは、“IDEO’s Culture of Helping,” with Colin M. Fisher and Julianna Pillemer, HBR, January-February 2014.(邦訳「IDEOの創造性は助け合いから生まれる」DHBR2014年6月号)において、創造性の高いデザイン企業であるIDEOによる助け合いの文化を取り上げた。同論文では、第一に、IDEOの助け合いが当たり前のように行われる企業文化は、どのように実現したのか、第二に、他の企業が同じような成果を上げようとする場合、マネジメントがまず実践しなければならないことは何か、を明らかにした。
アマビールは、IDEOのようなコラボレーション支援型組織を実現するためには、助け合いの文化を業務プロセスに組み込み、仕事への助力者の役割を明確にすること、組織にゆとりを持たせることが大切であるとした。また導入に当たっては、仲間同士で競争するよりも助け合ったほうが、より良い結果につながることを認識させる、助け合い増進運動の展開を提唱している。
アマビールとクレイマーの共著『マネジャーの最も大切な仕事』は、2011年の『ワシントン・ポスト』紙における年間ナンバー・ワンの経営書に選定された。同書の巻頭では、父母に感謝を捧げている。
イタリア移民の家庭に生まれ、起業家であった父のチャールズは、高校卒業後、第二次世界大戦に従軍した。終戦後、兄弟とともに苦労してバッファローで食品会社を創業し、長年にわたり社長を勤めた。その間、建設会社など複数の企業を立ち上げ、バッファローの名士として地域社会に貢献し、2002年に85歳で亡くなった。
また、共著者であり夫でもあるクレイマーは、アマビールが在籍したブランダイス大学で心理学の教授を務め、退職後もアマビールの調査研究や執筆活動を支える共同研究者である。今日も二人は、組織人が創造的なパフォーマンスを生み出す決定要因は何かに関する丹念な研究をライフワークとして続けている。