PHOTOGRAPHY: Mariyan Atanasov

私たちはいま、「知識労働者にオフィスは本当に必要か」という壮大な実験に参加している。自宅でどうすれば効率的に働けるのか、物理的に離れた上司や部下といかにコミュニケーションを取るべきか、ワークライフバランスをどう確保するのかなど、この実験で検証すべき点はさまざまだ。最新号特集「ワーク・フロム・ホームの生産性」では、企業が在宅勤務中の従業員の生産性を高めて、組織のパフォーマンスを上げるために何をすべきかを考える。


 HBR編集部の私のデスクは雑然としている。書籍、フォルダの山、同僚からのプレゼント(ほとんどが猫グッズ)、何十本ものインクの切れたペンで覆い尽されている。この状態も悪くはない。

 両隣の上司と同僚のデスクは、もう少し整然としている。オフィス全体の様子はというと、デジタル版編集チームの他のメンバーたちは間仕切りのないオープンスペースで仕事をするが、本誌の編集チームはたいてい、間仕切りで分けたキュービクル内にいる。

 完璧な仕事環境とはいえず、たびたび寒くて凍えそうになるほか、編集作業をするための静かな場所を見つけるのも難しい。とはいえ、インターネットが使え、コーヒーやプリンターも用意されている。

 大きな窓の向こうにはハイウェイが広がっている。毎日退勤後は自宅やジムに向かいながら、気持ちを切り替えることができる。勤務中の出来事をくしゃくしゃに丸めて、翌日まで「放り出して」おくのだ(風変りなやり方だが、効果はある)。

 この原稿は自宅のリビングでスウェット姿で書いている。新型コロナウイルス感染症の流行を受けて、2020年3月半ばからオフィスが閉鎖されているからだ。

 インターネットは日に2回くらいの頻度でつながりにくくなる。メールやスラックのメッセージに返信するのも、運動するのも、同じスペース。夕食をつくるためにリビングからキッチンに移動するときに、昼間の出来事を頭の中でくしゃくしゃにする。

 私はいま、「知識労働者にオフィスは本当に必要か」という偶然から生まれた壮大な実験に、ささやかながらも参加しているのだ。

グレッチェン・ガベットのホーム“オフィス”(長椅子〈カウチ〉とも言う)。

『ニューヨーク・タイムズ』紙の2020年6月の記事にクライブ・トンプソンが端的に記しているように、パンデミックが発生する以前、ワーク・フロム・ホーム(在宅勤務)の実践者は米国人の5~15%だった。

 マサチューセッツ工科大学、全米経済研究所、アップワークに所属する人々がいち早く実施した調査によれば、新型コロナ危機以前に就業していた米国人の半数は、2020年4月現在は在宅勤務を実践していると回答したという。

 政府機関の職員は元通りに出勤し始めているが、全米でコロナの流行が拡大し、屋内での飛沫感染に関する新たなエビデンスが生まれているため、政府機関以外のオフィスの多くは無期限で閉鎖を続けるかもしれない。

 他国の状況はまちまちである。HBR中国版の編集者によると、最近は北京で感染が拡大しているとはいえ、2月末以降は多くのオフィスが開いている。これは主に、広範なモニタリングと積極的な検査・追跡を実施していることによるという。

 かたやインドのオフィスワーカーは、できる限り在宅勤務を実践するよう指示されている。『フォーチュン』誌の最近の記事によると、欧州全土のオフィスビルでは依然として、新型コロナウイルス感染症がらみで多くの制約が課せられているという。

 このような在宅勤務への移行を唐突だと受け止める人もいるかもしれないが、知識労働者のリモートワークへの移行は何年も前から加速している。デレク・トンプソンが『アトランティック』誌に記しているように、「連邦準備制度理事会(FRB)によると、全労働者に占める在宅勤務実践者の比率は過去15年で3倍になった」。

 新型コロナウイルス感染症の影響でこの潮流に拍車がかかる現在、その可能性と弊害の両方が明らかになってきている。リモートワークが生産性向上につながるとする研究が多いのは確かだが、今回の大がかりな変化によって私たちは、危険な常識に気づき、声を上げ、拒否するよう迫られている。

 この種の常識の一例である「理想の労働者」という虚構は、子を持つ人々、特に母親に大きな影響を及ぼしている(ジョアン・ウィリアムズブリジット・シュルトはパンデミックの初期、この問題について切れ味鋭い論説を展開した。最新のデータはリモートワークの強制が米国において、子どものいるデュアルキャリア家庭の女性に惨憺たる影響を及ぼす様子を示している)。

 加えて、知識労働の「ギグ化」黒人従業員の在宅勤務経験(「プロフェッショナリズム」はズーム上でさえ常に遠回しに表現される)、能力向上やキャリアアップの方法、さらには交渉術に至るまで、要するにすべてに影響しているのだ。

 HBRはオフィス空間について長年、主として生産性、コラボレーション、環境をどう左右するかという観点から論じてきた。具体的には、オープンオフィスは数々の意図しなかった結果をもたらした特定の成果を生み出すようなオフィス設計は可能である、といった事柄が判明している。

 将来的に従業員のためにより安全な空間をどうつくるかオフィス再開に向けてどのようなステップを踏むべきか、職場復帰への心の準備をどう支援するか従業員が在宅勤務を常態化したい場合は上司にどう話をすればよいかといった点についても、豊富な知見が得られている。

HBR編集部アンディ・ロビンソンの自宅の仕事スペース。
HBR編集部アニア・ウィエッコースキーの自宅の仕事スペース。
HBR編集部クリスティーネ・リューの自宅の仕事スペース。

 諸企業にとって新型コロナウイルス感染症に対応した在宅勤務の初期段階が終わろうとしている今日、HBR編集部はこれまでに得た知見をとりまとめて肉付けするために、組織行動、ワークスペース、コラボレーションなどの専門家に「リーダーが次に着目すべきは何か」を尋ねようと考えた。

 判断すべき事柄としては、在宅勤務をいつまで続けるのか(ツイッターのように「永久に」という会社もある)、「ハイブリット」ないしローテーション型勤務環境が効果的なのか、(だぶついた)オフィススペースは最もニーズに適した選択肢なのか、といった点が挙げられる。

 これらは確かに財務に関わる問題である。半面、個々人に大きく影響する問題でもあり、従業員同士がどう一緒に仕事をするか、今後自分達のアイデンティティをどう見出すか、その結果、事業やキャリアの面でどれだけ成功するかといった事柄を左右する。

 本特集では、人々が在宅勤務にどう適応しているかに関する草分け的な研究(「オフィスに集まらず生産性をいかに高めるか」「マイクロソフトのデータが示す在宅勤務の課題」「在宅勤務でワークライフバランスを確保する方法」)から、過去にはどのようなオフィス・イノベーションがあったか(「オフィスと働き方の変遷」)、さらには、オフィスは何のためにあるのか(「これからのオフィスに何が求められるか」)、オフィス空間がなくなったら人々は何を失うのかといった、より実存的な問いに至るまで、ひと通りの論考を紹介することによって、オフィスの未来に関する現在進行形の創造的な議論に引き続き貢献したいと考えている。

HBR編集部カレン・プレイヤーの自宅の仕事スペース。
HBR編集部リック・エマヌエルの自宅の仕事スペース
HBR編集部コートニー・キャッシュマンの自宅の仕事スペース。

 HBR編集部は先頃、少なくとも2020年9月までは在宅勤務を続けると決めた(2020年7月時点)。はたして私のデスクは、使っていたときの名残が埃をかぶる以外は、元のままだろうか。それとも、拭き掃除と消毒がなされ、いつかまた主が戻るのを待ってくれているだろうか。

 私は郷愁の念に駆られ、たびたび頭に浮かぶ「新たな始まり」を当てにしすぎているのかもしれない。しかし他方では、どこでどのように仕事をするかについて、ほかの可能性にも前向きであろうとしている。同じような心境の人々に本特集「ワーク・フロム・ホームの生産性」が役立つよう願っている。


HBR.org原文:Do We Really Need the Office? July 15, 2020.


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新型コロナ禍により、突然、多くの人がリモートワークに移行せざるをえなくなった。「ワーク・フロム・ホーム」(WFH: 在宅勤務)は、個々人の働き方、さらには職場や組織の生産性と創造性にどのような影響を及ぼしてきたか。コラボレーションのあり方やチームマネジメントはどのように変化していくのか。今後の課題を考える。

【特集】ワーク・フロム・ホームの生産性
◇オフィスに集まらず生産性をいかに高めるか(イーサン・バーンスタインほか)
◇マイクロソフトのデータが示す在宅勤務の課題(ナタリー・シンガー=ベルシュほか)
◇在宅勤務でワークライフバランスを確保する方法(ナンシー P. ロスバード)
◇オフィスと働き方の変遷(ケルシー・グリペンストローほか)
◇これからのオフィスに何が求められるか(ジェニファー・マグノルフィ・アスティルほか)
◇日立は世界中の才能を束ねて「社会イノベーション」を実現する(東原敏昭)

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