スマホのスクロールで退屈な時間を浪費していないか

 あなたは退屈を恐れているだろうか。本動画では、ハーバード大学教授でThe Happiness Files(未訳)の著者アーサー C. ブルックスは、退屈はスマートフォンをスクロールして逃れるべき問題ではないと主張する。退屈を受け入れる余地をつくれば、人生における意味や目的といったより深い問いと向き合うための精神的な余裕が生まれると彼は論じている。インポスター症候群、プロフェッショナルとしてのアイデンティティ、ワーカホリズムとの闘いに関する洞察など、ブルックスのその他の動画は『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)のユーチューブチャンネルで視聴することができる。

アーサー・ブルックス:あなたは退屈になる必要がある。もしあなたが退屈していないのであれば、人生の意味は薄れ、より憂鬱になるだろう。これは極めて明白だ。まず、退屈がもたらすよい面について話そう。退屈とは、認知的に何もすることがない状態のことであり、これにより思考システムは、脳の「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる部分に切り替わる。複雑そうに聞こえるが、そのようなことはない。

 デフォルト・モード・ネットワークは、あなたが他に考えることがない時に活性化する脳内のネットワークだ。たとえば、携帯を忘れた時に、信号待ちをしているとする。その時にあなたのデフォルト・モード・ネットワークは作動する。しかし、私たちはこの状態が好きではない。

 私の同僚でハーバード大学心理学部教授のダニエル・ギルバートは、被験者に部屋の中に座って15分間、何もしてはいけないと指示をする実験を行った。部屋には何もするものがなく、ただ被験者の前にボタンが置かれていた。ボタンを押すと、痛みを伴う電気ショックを自分に与える。退屈に座っているか、ショックを受けるか。大多数の被験者は、何も考えずに過ごす代わりに、自分に電気ショックを与えた。

 私たちは退屈が好きではない。退屈はひどいものだ。なぜ退屈がそれほど悪いのか。それは、デフォルト・モード・ネットワークが、やや不快に感じる可能性のある物事について考えさせるからだ。何も考えていない時は、心がさまよい、たとえば人生の意味といった大きな問いについて考える。自分の人生にはどのような意味があるのか。退屈になると、気まずさを感じる実存的な問いを考えてしまうのだ。

 しかし、それは驚くほど重要かつ、よいことである。今日の社会で鬱病や不安障害が爆発的に増加している理由の一つは、人々が自分の人生の意味をわかっていないからだ。これは以前の世代よりもはるかに深刻な状態といえる。膨大なデータがそれを示しており、さらに言えば、私たちはその意味を探すことすらしていない。なぜか。

 その理由を教えよう。私たちは退屈を排除する方法を見つけてしまったからだ。私たちは脳内のデフォルト・モード・ネットワークをほぼ完全に遮断することができている。その方法とは、あなたのポケットの中にある、あのスクリーンつきのものだ。街角で信号が変わるのを待つ間ですら、「15秒間も待たなくちゃいけないかもしれない」と取り出してしまう。